クロード・ル・ジュヌの「春」を聴く

ウエルガス・アンサンブルの描く「静かな春」

古楽の世界には、
名前も知らない作曲家の魅力ある作品が
まだまだ数多く存在しています。
今日の音盤は
1528年生まれ(1600年没)の
フランドル楽派の作曲家、
クロード・ル・ジュヌ
ウエルガス・アンサンブルによる
素敵な音楽が展開していきます。

ル・ジュヌ:シャンソン集「春」

La Printans / Le Jeune

ル・ジュヌ:
 シャンソン集「春」(抜粋)
  また春が来た
  さあ、緑の美しい5月
  おお、薔薇よ、花の女王よ
  私は持っている、
   美しい花を持っている
  私は無邪気な白鳥
  あなたの前では茫然となる
  また褐色すみれの花が咲いた
  ある者は紫色を好むが
  誇り高い心をもつ人の残酷な拒否が
  頭上のどの星も
  愛の苦しみと悩みしかない
  立派な栄光、立派な名誉
ウエルガス・アンサンブル
パウル・ファン・ネーヴェル(指揮)
録音:1995年

ル・ジュヌは、
プロテスタントの家庭で生まれ育ち、
宮廷音楽家となりました。
ミサ曲をはじめとする
声楽曲を得意とし、
多くの作品を残しています。
本盤に収録された「春」は、
ル・ジュヌ没後の1603年に出版された
全39曲からなるシャンソン集です。
本盤にはそこから12曲が採用され、
収録されています。
この「春」は、
ジャン=アントワーヌ・ド・バイーフなる
詩人の作品をテキストとしています。
ル・ジュヌは「春」以外にも、
このバイーフの作品に曲を付していて、
その関係性の強さがうかがえます。

1528 Claude Le Jeune

もし本盤の印象を一言で表すなら
「静かな春」でしょうか。
第一曲「また春が来た」は、
新しい季節の到来による喜びを
高らかに歌い上げたテキストであり、
まさに春という季節に
ふさわしいものなのですが、
16世紀末に創られたシャンソンですから
当然、ポップスのような
軽快な音楽というわけではありません。
静かに淡々と
音楽が紡がれていくのです。

12曲の標題だけを見ると、
「春」にちなんだ音楽が
並んでいるように思われるのですが、
聴いていくとそのいくつかからは
陰鬱な旋律も聴き取ることができます。
歌詞を確認すると、
「喜び」よりも「苦悩」を
テーマにしたものが多いのです。
特に第11曲
「愛には苦しみと悩みしかない」では、
「愛がどうした、愛には何もない、
私は楽しく…」といった、
デカダンスの香りの漂うような一節も
見られます。
そして最終曲では
「おまえは、おまえの悪事で
勝利を得るのだ」といった
不穏当な表現も見られるのです。
バイーフの詩は
文学的に難解なものであり、
したがってこの音楽自体も、
十分に咀嚼しないと、その真の味わいを
感得し得ないものなのかもしれません。

ウエルガス・アンサンブルは、
いつもながらの透明感溢れる
精緻な演奏を聴かせてくれます。
特にコントラテナーやソプラノが
ピュアで明るい響きをもたらしていて、
「春」という標題に
ふさわしい音楽を創り上げています。
ハーモニーは美しさの限りを極め、
静謐さを感じさせるため、
シャンソンでありながら、
そのところどころに宗教的な雰囲気さえ
漂わせています。

季節はいよいよ春ですが、年を取ると
陽気に浮かれてばかりもいられません。
このくらいの「静かな春」が
ちょうどいいと
感じるようになりました。
音盤から感じる「春」。
やはり、音盤は愉し、です。

(2024.3.24)

〔本作品のブックレットについて〕
ブックレットには、
バイーフと彼の主催した
「詩と音楽のアカデミー」、
ル・ジュヌとその作曲技法、
そして作品「春」の音楽的構造についての
指揮者ネーヴェルによる
詳細な解説が付されています。
それらの内容は
あまりにも学術的であり、
浅学な私の理解を
超えるものとなっています。
一般人にも理解可能な
解説であるべきではないでしょうか。

また、歌詞対訳があるのは
ありがたいのですが、一方で
ウエルガス・アンサンブルの
メンバー一覧や録音データの一部が
日本語表記されず、
原文のままとなっています。
輸入盤よりもかなり高い値段設定で
国内盤をリリースするのですから、
こうしたあたりにも
配慮が欲しいものです。

〔関連記事:ウエルガス・アンサンブル〕

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