
マショーとデュファイをつなぐ作曲家たち
「14世紀の大家マショーと
15世紀の巨星デュファイ。
この二人の間をつなぐ時代、
重要な音楽家は見当たらない」。
本盤解説で述べられているとおりです。
私の所有する音盤を確認しましたが、
該当する一人はダンスタブル。
ただし生年がやや早いだけで、
活動時期はほぼデュファイと
重なっています。
あとはヴォルケンシュタインと
ペルージオの音盤だけでした。
そう考えると本盤は貴重です。
「悪魔の歌
マショーとデュファイのはざまで
…中世世俗歌曲集」

シュゼ:
ローマの貴人プロフィリアスは
私の姿は たとえてみれば枯木
ピュタゴラス、ユバル、オルペウスは
サンレーシュ:
幾度も私はあきれてしまう
このうららかな美わしい季節に
ここを逃がれて行こう
グイド:
神よ守らせたまえ
この歌をよく歌う者を
さてこそすべてはもうなりゆきまかせ
サンレーシュ:
旋律ゆたかなハープを
待っていれば希望が慰めてくれる
私をただながめみつめているあの人は
オリヴィエ:
たとえれば私の心は
痛ましい殉教者としてここに眠る
ガリオ:
運を天にまかせ
危険と知りつつ跳び込んだので
とろけるような日々を待ち望めば
作者不詳:
川にかこまれたアルビオンで
私はもうすべての力を
失ってしまったが
ロンドン中世アンサンブル
マーガレット・フィルポット(A)
ロジャーズ・カヴィ・クランプ(T)
ポール・エリオット(T)
マイケル・ジョージ(Br)
ピーター・デイヴィス(指揮)
ティモシー・デイヴィス(指揮)
録音:1982年
上記のように本盤には
五名の作曲家の作品と作曲者不詳のもの
合計16曲が収録されています。
しかし、その五名の作曲家については、
詳細が明らかではありません。
一人目のシュゼですが、
解説には「フランス王室礼拝堂における
聖職者だったピエール・ド・シュゼの
息子ではないかと考えられる」としか
ありません。
フルネームも不明、
それどころか存在するかどうかも
定かではないようです。
収録されている3曲は、
三声もしくは四声のバラードであり、
無伴奏もしくは
簡単な楽器による伴奏付きの
素朴な音楽です。
二人目の
ジャコブ・ド・サンレーシュについては、
情報がいくつか検索できました。
14世紀後半に活躍した
フランス系フランドル人であり、
ハープ奏者として
活躍したとのことです。
アルス・スブティリオル
(「より繊細な技法」)と呼ばれる、
極めて複雑で技巧的なリズムと記譜法を
特徴とする音楽様式の
担い手だったようです。
作品も6曲
(バラード3曲、ヴィルレー3曲)が
収録されています。
面白いのは5曲目
「このうららかな美わしい季節に」です。
何度か「canter oci oci oci oci」と
リズミカルに鳥の鳴き声のような歌詞が
聞き取れます。
対訳で確認すると、
「歌は
ぴいひょろぴいひょろぴいひょろろ」。
納得。
そうかと思うと6曲目の「私をただ
ながめみつめているあの人は」は
重厚な三声のバラードとなっています。

三人目、グイドについても、
やはりフルネームさえ不明であり、
音楽史において
確定的な人物像が存在しないようです。
2曲が収録されていますが、
こちらもアルス・スブティリオル様式の
影響を受けているようです。
7曲目の「運を天にまかせ…」は、
やはりそのリズムが
複雑なものとなっています。
1曲のみ収録されている
四人目のオリヴィエ、
こちらも詳しい情報が見つかりません。
その1曲、12曲目の
「たとえれば…」は3声のバラードで
アルトのフィルポットが
いい味を出しています。
最後の一人、
ガリオもまた正体不明です。
解説にも「全く何も判っていない」との
一言のみです。
収録された2曲は、
三声のバラードおよび
三声のロンドーです。
14曲目「とろけるような…」もまた
アルトの味わいが素敵です。
15、16曲目に作曲者不詳の曲が
収録されているのですが、
これがまた素敵です。
特に最終曲が最も技巧的であり、
その変化する拍子やリズム、
工夫を凝らしたポリフォニーなど、
かなり刺激的な要素が
盛り込まれています。
中世の謎の音楽を集めた音盤に
ふさわしい終曲です。
というわけで、サンレーシュ以外は
謎の人物たちなのでした。
あまりにも限定的な地域での
活躍にとどまっていたためによる
情報の欠落、
写本上に記された名前の誤記
もしくは誤読、
詩人もしくは
宮廷人の仮名である可能性、
後世の編者もしくは研究者が
便宜上つけた仮名である可能性、
などが考えられるようです。
いずれにしても、
そのような「謎」の音楽を発掘し、
再現し、マショーとデュファイの空隙を
埋めるべく録音を敢行した
ロンドン中世アンサンブルの功績は
偉大であるとしか言い様がありません。

音楽の原初の形を味わえる「悪魔の歌」。
音楽史探検を満喫できます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2025.7.22)
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