吟遊詩人たちによる多種多様な音楽世界
「十字軍の音楽」というと、
何か軍歌のような
勇ましい音楽を創造すると思いますが、
そのようなものではありません。
1曲目の「王のエスタンピ」は、
バグパイプ風の音
(カラムスというらしい)がどことなく
進軍ラッパを連想させるのですが、
それ以外の曲は
決してそうではありません。
マンロウ「十字軍の音楽」
作者不詳:
王のエスタンピ
マルカブリュ:
神の御名において平安を
作者不詳:
私は禍いを残し
騎士たちよ
ディジョン:
私は心のなぐさみに
作者不詳:
王の舞曲
シオンよ、塵の中に
フォーゲルワイデ:
パレスチナの歌
作者不詳:
自然の摂理では
おお、全アジアの栄光よ
王のエスタンピ
ソロモンには
クゥーシー:
五月、この新しき季節に
フェディット
較べるものなき
作者不詳:
私のいとしい人
ベチューヌ:
おお、愛よ!
作者不詳:
王のエスタンピ
獅子心王リチャード:
囚われの人は
シャンパーニュ伯チボー4世:
邪悪と不正と
クリスティーナ・クラーク(S)
ジェイムズ・ボウマン(C-T)
チャールズ・ブレット(C-T)
ナイジェル・ロジャース(T)
ジェオフリー・ショウ(Br)
ロンドン古楽コンソート
デイヴィッド・マンロウ(指揮)
録音:1970年
この音盤をカテゴライズするとすれば、
「吟遊詩人の音楽」ということに
なります。
吟遊詩人というと、各地を漫遊しながら
詩を吟じていた人という誤解が
浸透してしまっているのですが、
そうではありません。
中世の時代、吟遊詩人の多くは
騎士階級に属する人々でした。
騎士階級とは、日本の封建制度と同様、
土地を与えられる代わりに
軍務を提供するという、
いわば「御恩・奉公」の契約関係を
領主と結んだ人々です。
十字軍に参加した吟遊詩人たちは、
軍隊を鼓舞する音楽にとどまらず、
宮廷や教会といった政治批判、
恋愛の唄、出征兵士を悲しむ唄、
道徳の唄など、世俗的な音楽を
数多く創っていたのです。
本盤は、そうした音楽を集めた
貴重な一枚です。
その「吟遊詩人」も、
国によって呼び名が異なります。
南フランスではトルバドール、
北フランスではトゥルヴェール、
南ドイツではミンネゼンガーと
呼ばれていました。
したがって、
ここに聴くことのできる音楽は、
やはり多種多様です。
器楽曲もあれば
声楽を伴う曲もあります。
宮廷音楽ふうの曲もあれば
民族音楽に近いものもあります。
しかしここで聴くべきは、
「音楽のもう一つのルーツ」なのです。
ルネサンス以前の中世の時代は、
誤解を恐れずに書くと、
キリスト教に支配された
暗黒時代でした。
「伝統」というよりも、
既存のものを変えることが許されない
時代といってもいいと思います。
音楽については
グレゴリオ聖歌をはじめとする
宗教音楽が栄えていたのですが、
現在の音楽の源流は
それだけではないということを
思い知らされます。
宗教の影響を大きく受けなかった
世俗音楽も、
しっかりと大地に根をはって、
花を咲かせる時期を待っていたのだと
感じられます。
多くが「作曲者不詳」なのですが、
作曲者名がはっきりしているものが
いくつかあります。
2曲目のマルカブリュは、
中世フランス南部のトルバドール
(活動時期:1130年頃-1149年頃)です。
5曲目のギャド・ディジョンは
12世紀末のトゥルヴェールですが、
ネット上からは
資料が見つかりませんでした。
8曲目、ワルター・フォン・デル・
フォーゲルワイデは、
ドイツのミンネゼンガー
(生没年:1170年頃-1230年頃)です。
13曲目、ギィ・ド・クゥーシーは、
トゥルヴェールですが、
没年1203年以外、
資料が見つかりません。
14曲目、ゴーセルム・フェディット
(1185-1220)は、
冒険家としても有名な
トルバドールです。
16曲目、
コノン・ド・ベチューヌ(1180-1220)は、
第4回十字軍で大活躍した
トゥルヴェールです。
18曲目、獅子心王リチャード
(リチャード1世)(1157年-1199年)は、
プランタジネット朝
第2代のイングランド王
(在位:1189年-1199年)です。
生涯の大部分を戦闘の中で過ごし、
その勇猛さから
獅子心王と称された王ですが、
10年の在位中イングランドに
滞在することわずか6か月で、
その統治期間のほとんどは
戦争と冒険に明け暮れていました。
最後の19曲目、
シャンパーニュ伯チボー4世
(1201年-1253年)は、
トルバドールとしても知られた王です。
「十字軍の音楽」という枠組みで、
中世の音楽を集めた音盤の数は
決して多くはありません。
吟遊詩人たちの音楽の豊かさと、
十字軍遠征がこうした
吟遊詩人たちの音楽と深い関わりが
あったことを知ることができました。
やはり、音盤は愉し、です。
(2023.4.30)
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