
バッハと黒人作曲家のピアノ曲の素敵な対話
以前から気になってはいたものの、
購入には至らず、
そして廃盤になってしまった。
優柔不断な私にはよくあることで、
本盤もそうした経緯をたどった
一組です。
格安の中古盤が出ていたので、
ようやく入手できました。
Bach To Black / Rochell Sennet

Disc1
J.S.バッハ:
イギリス組曲第5番ホ短調 BWV.810
コーリッジ=テイラー:
4つの性格的ワルツ Op.22
J.S.バッハ:
イギリス組曲第3番ト短調 BWV.808
マンフォード:
ボリスのための4つの舞曲
Disc2
J.S.バッハ:
イギリス組曲第6番ニ短調 BWV.811
R.ナサニエル・デット:
底辺で
J.S.バッハ:
イギリス組曲第2番イ短調 BWV.807
H.レスリー・アダムズ:
コントラスツ
Disc3
J.S.バッハ:
イギリス組曲第1番イ長調 BWV.806
コーリッジ=テイラー:
アフリカ組曲 Op.35
J.S.バッハ:
イギリス組曲第4番へ長調 BWV.809
フレデリック・ティリス:
ピアノのための3つの楽章
ロシェル・セネット(p)
録音:2020年
バッハの「イギリス組曲」各曲と
黒人作曲家のピアノ曲を
交互に演奏するという試み、
「なぜ?」という疑念はさておき、
聴いてみるとなかなかに
面白く聴くことができました。
聴き慣れた音楽のあとに
異質な旋律が現れるという
繰り返しにより、
それぞれの音楽の特徴が
よりはっきりと感じられる
しくみになっているのです。
取り上げられている作曲家は
以下の通りです。
サミュエル・コーリッジ=テイラー
マンフォード
R.ナサニエル・デット
H.レスリー・アダムズ
フレデリック・ティリス

サミュエル・コーリッジ=テイラーは
1875年にイギリスで生まれ、
1912年に没した指揮者兼作曲家です。
父はシエラレオネ出身の医師、
母はイギリス人だったようです。
若くしてロンドンの音楽界で注目され、
「黒人のエルガー」とも
「黒いマーラー」とも呼ばれるほどの
人気を得ていました。
ロマン派の音楽を基盤としながら、
そこにアフリカ系音楽の
要素を取り入れ、
独自の音楽を創り上げることに
成功しています。
収録されている
「4つの性格的ワルツ Op.22」は、
2~5分程度の
小曲4曲からなるものであり、
チャーミングな風合いの
素敵な音楽に仕上がっています。
この曲に関する限り、
アフリカ的なリズムも
イギリス風の渋さもなく、
「19世紀ロマン派のマイナーな
作曲家の書いた小品だろう」と
勘違いされる可能性があります。
「アフリカ組曲 Op.35」もまた
メロディアスな雰囲気で、どことなく
「陽気なサティ」というイメージです。
ジェフリー・マンフォードは、
1955年と、この中ではもっとも
遅く生まれたアメリカの作曲家です。
収録されている
「ボリスのための4つの舞曲」は、
明らかに現代曲であり、
イギリス組曲からのギャップが大きく、
その分、
曲の姿が鮮明に浮かび上がります。
「4つの舞曲」であるにもかかわらず、
4曲の組曲ではなく1曲だけですが、
これは「4つのダンス的イメージ」を
一曲に表したと考えられます。
イギリス組曲自体が
サラバンドやガヴォット、
ジークといった舞曲で
構成されているからでしょうか、
この曲は現代曲でありながら、
バッハの組曲と
不思議な親和性を感じさせます。
R.ナサニエル・デットは、
1882年カナダ生まれ、
1943年没の作曲家です。
情報が乏しいのですが、
黒人霊歌やゴスペルの伝統を
クラシック音楽の形式に融合した
先駆者として知られています。
収録されている「底辺で」は
まさにそうした黒人霊歌の旋律が
現れる部分があり、
面白さを感じさせます。
小品5曲からなる一組ですが、
おしゃれな曲も含まれ、
耳を愉しませてくれます。
H.レスリー・アダムズも
1932年アメリカ生まれの
現代曲の作曲家です。
収録されている「コントラスツ」は、
わずか2分足らずの小品
10曲からなる組曲です。
めまぐるしく場面が転換していくような
雰囲気が愉しめます。
フレデリック・ティリスは
1930年生まれ、2020年に没した
米国の作曲家です。
オペラ、歌曲、ピアノ曲など
幅広いジャンルで活動していますが、
声楽作品で
特に高い評価を受けているようです。
また、サクソフォン奏者でもあり、
情報を検索すると
そちらの方が多くヒットします。
収録されている
「ピアノのための3つの楽章」は、
無調性でリズムも不規則な
現代曲であり、難解です。
バッハの「イギリス組曲」とは
まさに対極にあるような作品なのです。
あえてこの曲を配置することによって、
バッハの音楽に
別の角度から光をあてようという
コンセプトなのでしょう。
こうしてアフリカ系作曲家のピアノ曲と
交互に聴くことにより、
バッハの「イギリス組曲」が
これまでとは異なった表情を
見せてくるのです。
一つは「確固たる様式美」でしょうか。
緻密な設計図をもとに造られた
建築物のようなバッハの音楽と、
自由なエネルギーを持った
黒人作曲家たちの音楽を
対話させることにより、
「イギリス組曲」の様式美が
明確に現れているのです。
もう一つは
「舞曲としてのリズム感」でしょうか。
単独で聴いたときには意識しなかった
リズム感が、
黒人作曲家たちの音楽と呼応して
鮮明に浮かび上がっているように
感じられます。
このバッハと黒人作曲家の音楽との
対話という試みは、
バロック音楽の明晰さと
現代音楽の色彩感・自由度の両方を
コントロールできる
柔軟性が必要となるのですが、
それを見事に満たしているのが
ロシェル・セネットの演奏です。
黒人作曲科の曲では
音響的な色彩やリズムのエネルギーを
強調しつつ、
「イギリス組曲」では
透明感と構造の明晰さを
じっくりと表現するという
離れ技を披露しています。
バッハの音楽に
異質なものを挟み込むという試みは、
これまでいくつか見られました。
しかしこれほどバッハの音楽の
新しい側面に光を照射した企画は
そう多くはないはずです。

彼女の公式HPがありました。
こちらの情報も参考になりました。
さらにYouTubeにも、
本盤についてのロシェル・セネットの
コメントが公開されています。
この「Bach To Black」、
実はすでに第2弾、第3弾が
リリースされています。
第2弾はバッハ「パルティータ」と、
第3弾はバッハ「フランス組曲」と、
アフリカ系作曲家のピアノ曲との
組み合わせになります。
そちらも頑張って
入手したいと思います。
それにしても、バッハの音楽は
なんと懐が深いのだろう、
そう思わせる一組です。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.1.27)
〔関連記事:バッハの鍵盤楽器演奏曲〕



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