「モンセラートの朱い本」を聴く

ピケットによる「モンセラート修道院の巡礼歌と踊り」

中世スペインの巡礼地
モンセラート修道院では、
長旅の末やってきた巡礼者たちが
感動のあまり騒ぎ出さないよう、
歌と踊りでマリア様を讃えさせ、
リピドー(性衝動)を昇華させる
文化があったとのことです。
13世紀から14世紀頃、
モンセラート修道院へ参ずる
巡礼者たちによって歌い踊られた
10曲の歌謡を収めたのが
「モンセラートの朱い本」です。

モンセラート修道院の巡礼歌と踊り

モンセラート修道院の巡礼歌と踊り

作曲者不詳:
 おお、ここに輝く乙女よ
 星よ、陽の光のように輝いて
 処女を称えましょう
 玉笏を持つ輝ける女王よ
 七つの歓びを
  あらためて数えてみましょう
 われらすべて
 天界の女王よ
 母なるマリアを
 悦びの都の女帝よ
 死に向ってわれらは急ぐ

ニュー・ロンドン・コンソート
フィリップ・ピケット(指揮)
録音:1990年

「モンセラートの朱い本」は、
1399年ごろに作製されています。
元来は172ページだったのですが、
そのうち32ページ分が
失われているとのことです。
その写本は、19世紀に入って
朱色のビロードの装幀が施され、
「朱い本」と呼ばれるようになりました。
収録されている曲は、
いずれも作曲者が不明です。
音盤のメーカーのHPによる
各曲の邦題は上の通りですが、
原題は以下の通りです。

1 O virgo splendens
2 Stella splendens
3 Laudemus Virginem
4 Mariam,
   matrem virginem, attolite
5 Polorum Regina
6 Cuncti simus concanentes
7 Splendens ceptigera
8 Los set gotxs
9 Imperayritz de la ciutat joyosa
10 Ad mortem festinamus

巡礼者が悪さをしないように、
マリアを崇め奉り、気持ちを
静めるということなのでしょうが、
音楽を聴くと、果たして
そうした効果があったかどうか、
疑問に感じます。
修道院が作り与えたといわれる音楽は、
現代日本の私たちが聴くと
かなりエキゾチックなのです。
巡礼者たちの各地の民謡の要素が
濃厚に盛り込まれていて、
これで大丈夫だったのかと
心配になるくらいです。

モンセラートの朱い本

2曲目の「Stella splendens」などは、
民族音楽的な原初の響きが顕著であり、
この音楽を聴けば、
かえって性衝動が
増すようにも思われます。
4曲目の「Mariam」、
5曲目「Polorum Regina」は、
男声と女声の掛け合いから始まる
力強い音楽であり、
歌詞はよく分かりませんが(ちゃんと
敬虔な歌詞かも知れないのですが)、
男女の交流を促しかねない旋律です。
6曲目「Cuncti simus concanentes」も、
冒頭は静かな(リュートのような)
撥弦楽器の音色が
もの悲しげに響くのですが、
その後は民族的でリズミカルな音楽が
展開します。
歌詞を聴くと「アヴェ・マリア」と
聴き取れるのですから、
マリア様を奉っているのでしょうが、
ヴォーカルが加わって以降の
音楽自体は、
むしろ興奮を呼び覚まします。
この曲の「♪アヴェエ・マリ~ア~♪」の
メロディは、一度聴くと
耳にこびりついて離れません。
8曲目の「Los set gotxs」も、
冒頭こそ物静かな音楽ですが、
途中から始まる女声パートを聴く限り、
女性の情念のようなものを
感じてなりません。
最終曲「Ad mortem festinamus」は、
かなり軽目の陽気な音楽であり、
この音楽に乗って、男女交際が
始まりそうな予感があります。

その一方で、
確かに精神が鎮まるような曲も
ちりばめられています。
1曲目「O virgo splendens」は
冒頭部が単旋律の無伴奏であり、
まるでグレゴリオ聖歌
彷彿とさせます。
3曲目「Laudemus Virginem」も
心に安らぎを与える音楽です。
7曲目「Splendens ceptigera」も
間違いの起こりそうにない
安らかな音楽です。
9曲目
「Imperayritz de la ciutat joyosa」も
落ち着いた音楽です。

指揮者のフィリップ・ピケット、
演奏団体の
ニュー・ロンドン・コンソートともに、
この宗教音楽に見えて、その実、
民族音楽・世俗音楽とも
聞こえてしまうこの音楽集の機微を、
見事に捉えて表現し尽くしています。
「古楽を聴く喜び」を再確認できる、
素敵な一枚です。
やはり、音盤は愉し、です。

〔「モンセラートの朱い本」の音盤〕
いくつかの古楽器団体の
音盤があります。
中でもサヴァールの指揮した
新旧録音は、魅力的です。

アラ・フランチェスカによる演奏、
ナミュール室内合唱団による録音も、
それぞれ評価の高い名盤です。

これらはいずれも本盤収録の10曲に
いくつかの楽曲を加えて
録音されています。
それがどのような曲なのか、
興味が湧きます。

(2023.6.11)

【ピケットの音盤】

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