
コンソート・オブ・ミュージックの全曲盤
2月14日がバレンタインデーだったから
というわけではありませんが、
つい思い出してその日は
この音盤集を聴いてしまいました。
写本の形がハート型になっているという
通称「ハート型の写本」。
その全曲を収録したのが本音盤集です。
シャンソニエ・コルディフォルム
〔ハート型のシャンソン集〕

CD1
第1曲:
いまはもう悲しくてああ!と叫ぶばかり
第2曲:
神様はよくご存知です
第3曲:
黄金のように美しく気高い聖母マリアよ
(デュファイ作曲)
第4曲:
優しき奥方 どうか私を捨てないで下さい
(ベディンガム作曲)
第5曲:
美わしい装いの清らかな泉よ
第6曲:
ああ さすらう光よ ああ きらめく星よ
第7曲:
おお美しきバラよ、
おお優しきわが心の君よ
(ベディンガムまたはダンスタブル作曲)
第8曲:
清く、気高く、すべてを備えたお嬢様
第9曲:
私のだいじな真珠、おおやさしき恋人よ
第10曲:
死よ お慈悲を
第11曲:
いのちを終えてしまいたいの
第12曲:
ああ さすらう光よ ああ きらめく星よ
第13曲:
おお、恋する哀れな男たちよ
CD2
第14曲:
悲しみに落された男のように
第15曲:
もし私があなたのものとなるのが
お気に召すなら(レジス作曲)
第16曲:
先日ある朝のこと
第17曲:
私の銘は愛神にきめた
第18曲:
去年のある日すれ違った時
(オケゲム作曲)
第19曲:
私の愛しい女は
あらゆるすぐれた才にたけ
(ギゼゲム作曲)
第20曲:
私の喜びは無いというのもおろかなこと
(ビュノワ作曲)
第21曲:
あなたの評判そしてあなたの高い名声は
(デュファイ作曲)
第22曲:
望むのなら金十万エキュ也を
(カロン作曲)
第23曲:
あなたを想い焦がれて私は死にます
(モートン作曲)
第24曲:
私は快楽に見放された男
(バルバンガン作曲)
第25曲:
私はいま持っている以上のものを
いつか持てるのだろうか
(モートン作曲)
第26曲:
有難いご褒美をいただいた僕として
(デュファイ作曲)
第27曲:
運命の女神よそなたの虐い仕打ちで
(ヴァンスネ作曲)
第28曲:
安らかに死ねる恵みなどあるのだろうか
(ビュノワ作曲)
CD3
第29曲:
悲しみにくれる女のように
第30曲:
姿が見られぬようにただひとりはなれて
(フライ作曲)
第31曲:
口には笑みを湛え
胸の中では泣いている妾
(オケゲム作曲)
第32曲:
私のただひとつの悦び
私の心にしみる楽しみ
(ベディンガム作曲)
第33曲:
想い乱れて涙にくれ
口は嘆きの声を洩らす
第34曲:
まこと恋する者たちを喜ばせる
まことの愛の神よ
第35曲:
ああ私にはとても口に出す勇気がない
第36曲:
いま私は恋を失ってしまった
第37曲:
若い日の希望よ さようならと私は言う
第38曲:
私は幸運に恵まれておりません
ほんとうに
第39曲:
力を尽してあなたに
気に入られるようにしたいのです
第40曲:
ああ いつかもっと大きな喜びが
持てるだろうか
第41曲:
訣れを告げる日のことを想えば
第42曲:
あなたほどのお人を
私はまだ見たこともない
(バンショワまたはデュファイ作曲)
第43曲:
あの美しい女のことをお知らせ下さい
コンソート・オブ・ミュージック
エマ・カークビー(S)
マーガレット・フィルポット(A)
ジョン・ヨーク・スキナー(C-T)
ジョン・エルヴィス(T)
デイヴィッド・トーマス(Bs)
ルイス・ジョーンズ(fl)
フランシス・ケリー(hp)
クリストファー・ペイジ(lute)
アントニー・ルーリー(lite)
トレヴァー・ジョーンズ(フィドル)
アリソン・クラム(フィドル)
アントニー・ルーリー(ディレクター)
録音:1979年
歌詞対訳を読む限り、
テーマは「恋の嘆き」「叶わぬ恋」
「恋の駆け引き」など、宮廷での
恋愛について書かれたものであり、
つまり収録曲のほぼすべてが
ラブソングなのです。
だから写本は「ハート型」。
しかもジャケット写真にあるように、
楽譜の周囲に美しく彩色された
細密画をデコレーションし、
全体をハートの形にするという、
現代の女子高生が
プロデュースしたかのような
凝ったデザインの写本。それが
「シャンソニエ・コルディフォルム」
なのです。しかしその形が
特徴的であるだけではないのです。

この写本の編纂時期に注目です。
解説には「1460年頃から
1470年頃にかけての10年ほどを
中心とした時期に作曲され、
広い範囲にわたって人気をかち得た
世俗歌曲をまとめた」とあります。
15世紀の音楽は、中世の素朴さと
ルネサンスの複雑なポリフォニーが
混ざり合う独特の時期にあるのです。
つまり、音楽の形が
大きく移り変わろうとしている、
その瞬間を切り取った
記録となっているのです。
そして解説には「当時活躍していた
大作曲家たちの名前が
ほとんど見えるのだが、
作曲家の名前が判っているのは、
全体のおよそ3分の1ほどに過ぎない」、
「ある作曲家の作品を
集中的にとりあげることをせず、
それぞれの作曲家の作品を平均して
1、2曲ずつの割合で含めている」、
ともあります。
つまり当時流行した曲を、
作曲家の知名度にかかわらず
幅広い視点で
集めたものであるということです。
名前が記されなかった作曲家の作品は、
この写本に収録されなければ
そのまま埋もれていた
可能性があるのです。
当時の音楽シーンが
正確に記録されていることもまた、
この写本の価値を高めているのです。
別の見方をすれば「ハート型の写本」で
その名前が記されている作曲家は、
当時の超売れっ子作家となるわけです。
一通り挙げてみると、
以下のようになります。
ギヨーム・デュファイ(1400頃-1474)
ジョン・ベディンガム(1460頃没)
ジョン・ダンスタブル(1435没)
ヨハネス・レジス(1430頃-1485)
ヨハンネス・オケゲム(1497没)
エーヌ・ファン・ギゼゲム(1450頃生)
アントワーヌ・ビュノワ
ロバート・モートン
バルバンガン
ヴァンネス
ウォルター・フライ(1475没)
バンジョワ
こうした作曲家たちの
聴き比べができるのも特徴の一つです。
オケゲムの深い対位法、
デュファイの明るい旋律美など、
作曲家ごとの個性を比較することにより
時代の空気を
より深く感じることができるのです。
そして解説にはこうも書かれています。
「二十を越す写本によって
伝えられている曲もあり、
全体の3分の2ほどの曲は、
この写本以外にも
多数の写本の中に記されて、
今日まで残されている」。
実は超有名曲がいくつも
含まれているということなのです。
こうしたことを総合すると、
本音盤集は
「ラブソング・グレイティスト・ヒッツ
1460-1470」ということになるのです。
その「グレイティスト・ヒッツ」を、
やはり20世紀末のイギリス古楽界の
ドリームチームである
コンソート・オブ・ミュージックが
演奏していることが、
本音盤集の価値を一層高めています。
前述したように、15世紀の音楽は、
中世の素朴さと
ルネサンスの複雑なポリフォニーが
混ざり合う独特の世界なのですが、
彼らの演奏は、その繊細なラインを
非常に優雅に描き出しています。
若き日のエマ・カークビーが、
そのノン・ヴィブラートの透明な歌声で
15世紀の女性の恋心を
見事に歌い上げています。
エマの歌はやはり最高です。
それと対照的なコントラルトの
マーガレット・フィルポットの歌声も
素敵です。
深みのある豊潤で安定した歌唱には
魅了されます。
そうした声楽と、リュートやフィドル、
ハープといった古楽器が
完璧に調和していて、完璧な
アンサンブルを聴かせてくれます。
1979年と、
約半世紀前の録音なのですが、
その解釈の鋭さと録音の透明感は、
現代の耳で聴いても
まったく色褪せてはいないのです。

なお、
「シャンソニエ・コルディフォルム」の
抜粋盤としては
NAXOSレーベルから発売されている
「心からまっすぐに
Straight from the Heart」
(アンサンブル・レオネス演奏)が
あるのですが、
全曲盤は
いまだに本音盤集のみなのです。
本音盤集の価値はこれからも
揺るぎないものであるはずです。
一通り聴き通すと、最高の音楽体験を
味わうことができます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.3.3)
〔関連記事:オワゾリール・レーベル〕




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