
グレゴリオ聖歌から、より洗練された音楽へ
年末はヘンデルのオペラとオラトリオを
愉しんだのですが、
年が明けてからは
聖歌をはじめとする中世の音楽を
じっくり聴き込んでいます。
昨日聴いたのはこの「ヴィジタツィオ」。
心が清らかになる一枚です。
ヴィジタツィオ
チヴィダーレ・デル・フリウーリの聖週間

作曲者不詳:
枝の主日
栄光と賛美(テオドゥルフス)
輝けるしゅろの枝を
朱が入られるとき
聖金曜日
おお栄光なる十字架
我が民よ
真なる十字架/パンジェ・リングァ
神殿の幕が引き裂かれ
大地は暗くなり
典礼劇:マリアの嘆き
復活祭の前夜の徹夜の祈り
主に向かって歌いましょう
復活祭の日
栄光の王キリストが
私はよみがえり
典礼劇:墓を訪ね
神よあなたを讃えます(テ・デウム)
ファラオは沈んでしまっている
感嘆の声を上げ
アレルヤ:私たちの過越
過越の生贄を讃えよう
キャサリン・ボット
…聖母マリア/サロメ(S)
ジュリア・グッディング
…マグラダのマリア(S)
エリザベス・ショル
…ヤコブの母マリア(S)
アンドルー・キング
…天使(T)
サイモン・グラント
…ヨハネ/イエス(Bs)
デイヴィッド・ロブロウ(org)
ニュー・ロンドン・コンソート
フィリップ・ピケット(指揮)
録音:1996年
サブタイトルにある呪文のような
「チヴィダーレ・デル・フリウーリ」とは、
北イタリアにある小さな町の地名です。
解説によると、
この町の国立考古学発物館に
収納されている写本を再現した
演奏ということになっています。
基本的にはグレゴリオ聖歌なのですが、
一通り聴いてみると、
それとはどこかが異なります。

一つは地域ごとに伝承されているうちに
独特の変容を遂げた結果
(つまりローカル色)が
反映されていることです。
チヴィダーレの写本は
14世紀のものであり、
グレゴリオ聖歌を基本としつつ、
「地方的な変異旋律」
「朗唱的な語り」
「劇的な対話形式」が
加わっているのです。
中でも「マリアの嘆き」「墓を訪ね」の
二つは、
グレゴリオ聖歌から大きく外れ、
典礼劇として完成しているのです。
典礼劇とは、中世の教会で行われた、
聖書の場面を再現する
「劇」のような形式の音楽です
(しかしまだ14世紀のことであり、
完全な演劇の形は整っておらず、
朗唱・歌唱・動作が組み合わさった
儀式的なものに過ぎない)。
この二曲以外のトラックの演奏時間は
概ね3分前後、長くても6分弱です。
しかし「マリアの嘆き」は12分、
「墓を訪ね」は11分半と、
長い収録時間となっているのです。
そしてこの二曲は歌手のソリストたちに
役割が与えられているのです。
この部分が本盤の
重要な聴きどころとなっていることは
いうまでもありません。
「マリアの嘆き」は、
マリア役キャサリン・ボットの歌唱が
秀逸です。
聖母マリアが悲しみの感情を
吐露しているような切ない雰囲気が
実によく表現されています。
その透明感溢れる歌声は、
ついつい繰り返して
聴いてしまうことになります。
「墓を訪ね」は、
第一から第三のマリアまでが独唱し、
その後に三人の歌が入ります。
三人のマリアと天使との
問答が繰り返される
音楽劇らしい展開が特徴的です。
そうしたチヴィダーレの写本の
特色だけでなく、
指揮者ピケットはそこに
中世特有の楽器を加え、
再構成しています。
オルガニストとして
デイヴィッド・ロブロウの名前が
クレジットされていますが、
オルガン以外にも
フィドル(ヴァイオリンの祖)やハープが
用いられているように聴き取れます。
これによって14世紀の音楽としての
色合いを強めているのです。
なお、アルバムタイトルの「Visitatio」は、
おそらくは典礼劇「墓を訪ね」の
「Viisitatio sepulchri」から
とられたものでしょう。
三人のマリアたちが
キリストの墓を訪れ、その結果として
キリストの復活が伝えられるという
祝典的な意味合いを
持っているのでしょう。
こうしたことの総合として、
グレゴリオ聖歌のようでありながら
より洗練された音楽として
チヴィダーレの写本の音楽が
生き生きと再現されているのです。
通して聞き終えると、
一つのドラマを味わっているかのような
ストーリー性さえ感じられ、
トータル76分30秒の演奏時間が
弛緩することなく過ぎていきます。
録音も秀逸であり、必要な音以外は
存在していないかのような
生々しい音が
スピーカーから響いてきます。

中世の音楽は
不思議な面白さがあります。
そして音楽の持つ意味や構造、
その歴史や背景がわかると、
音楽はより立体的な姿を現してきます。
本盤などその典型例だと感じます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.1.13)
〔関連記事:中世の音楽〕



〔ニュー・ロンドン・コンソートの音盤〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな音盤はいかがですか】







