
「聖歌」はグレゴリアン・チャントだけではない
キリスト教の「聖歌」といえば
グレゴリオ聖歌を
真っ先に連想しますが、もちろん
聖歌はそれだけではありません。
グレゴリオ聖歌がカトリックの
標準化によって普及する以前から
存在していたものとして、
アルメニア聖歌・モサラベ聖歌・
アンブロジオ聖歌などがあります。
今日はその中の一つ、
「ビザンツ聖歌」を
取り上げたいと思います。
グレゴリオ聖歌と違って
音盤が限られており、
中でも本盤が最も有名でしょう。
「ビザンツ聖歌~受難と復活」
マリー・キーロウズ修道女

作者不詳:
アレルヤ 見よ、夜中の花婿が
主よ、あなたの花嫁の寝室を
Version arabe
主よ、あなたの花嫁の寝室を
Version grecque
主よ、あなたの花嫁の寝室を
Version arabe
主よ、多くの罪を犯した女が
畏怖すべきあなたの晩餐の交わり
主は私のところに
今日、海に大地を支えるキリストは
生命であるキリストよ 第1スタンザ
生命であるキリストよ 第2スタンザ
生命であるキリストよ 第3スタンザ
恩寵溢れる女よ
キリストは蘇られた
キリストにおいて洗礼を受けたものは
天使はマリアに呼びかける
マリー・キーロウズ修道女(vo)
サン・ジュリアン・ル・パーヴル教会
聖歌隊
録音:1989年
グレゴリオ聖歌が
ローマ・フランク王国を中心とした
西方教会のものであるのに対し、
ビザンツ聖歌は
コンスタンティノープル中心の
東方教会のものです。
グレゴリオ聖歌はラテン語文化圏で
独自に発展したのに対して、
ビザンツ聖歌はギリシア語文化圏で
継承されていったため、
音楽的には両者は別系統と
考えた方がいいのかもしれません。
とはいえ両者とも、
3世紀以前の初期キリスト教の
礼拝音楽を源としていることに
違いはありません。

歴史的には、グレゴリオ聖歌が
8世紀末〜9世紀初頭に
体系化されたのに対し、
ビザンツ聖歌は、
4世紀頃からすでに体系的に
整えられたと考えられています。
それでありながら、
ローマ・カトリックの
標準化の力によって
グレゴリオ聖歌だけが急速に広まり、
他の聖歌とともにビザンツ聖歌は
目立たなくなってしまったのでしょう。
このビザンツ聖歌、
マリー・キーロウズ修道女なる女性が
歌っています。
データを見ると、この女性は
レバノンやアテネでビザンツ聖歌や
グレゴリオ聖歌を研究し、
ソルボンヌ大学で博士号を得ている
学者さんのようです。
しかしその歌唱は
高度な技巧を積み重ねたものであり、
心にじんじんと
響いてくるものがあります。
なお、キーロウズ修道女の歌い方には、
日本の演歌で言う
「こぶし」のような表現が聞き取れます。
「音程の装飾」と
いわれるものらしいのですが、
この、音を上下に細かく揺らすことで、
旋律に感情的な深みを与える歌唱法は、
中東や地中海の伝統音楽に
共通する特徴であり、
それによって彼女の歌唱は
かなりエキゾチックに感じられます。
また、
サン・ジュリアン・ル・パーヴル教会という
聖歌隊(男声)が加わっているのですが、
聴いてみると通奏低音のような部分を
担当しています。
もちろん「通奏低音」は、
バロック音楽における和声支えの技法
(それもチェンバロなどの
器楽によるもの)であり、
ビザンツ聖歌の時代の歌唱法に
そのようなものが
あったはずはありません。
グレゴリオ聖歌と同様に
無伴奏単旋律が基本の
ビザンツ聖歌において、
こうした演奏法が
当時からなされていたものか、
あるいはキーロウズ修道女の考案した
装飾の一つなのか、
浅学な私にはよくわかりませんが、
この通奏低音的男声ベース音のおかげで
音楽的な(というよりも空間的な)
深まり・広まりが
生み出されていることは確かです。

この一枚しかビザンツ聖歌の音盤を
持っていない(世の中でも
そう多くは出ていないはず)ため、
本盤をもってビザンツ聖歌の
スタンダードとしていいかどうか
わからないのですが、聴いていて
いくつも発見のある音盤であり、
素敵な音楽体験を満喫できます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2025.9.2)
〔ビザンツ聖歌はいかがですか〕
音盤はなかなか見当たらないのですが、
amazon music では
いくつか見つけることができます。
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