
ルネサンス期のスペイン宮廷音楽
よくわからないけれども、
とりあえず手を出しておく。
古楽について、
そんな聴き方をしています。本盤も
そうして手を出してしまった一枚。
「Music for a Queen」と
あるくらいですから、宮廷音楽だろう。
その程度の理解だったのですが、
聴いてみると不思議な感覚に包まれる
音楽集でした。
「イサベル~女王の音楽」
カペラ・デ・ラ・トーレ

エンシーナ:
Amor con fortuna
作者不詳:
Pase el agoa
ペニャローサ:
Por las sierras de Madrid
作者不詳:
Con amores, mi madre
A la caca!
Dale, si le das
トーレ:
Danza alta
作者不詳:
Viv’ el gran re Don Ferrando
O triunfante dona
Al alva venid, buen amigo
L’amor, dona, che io te porto
Dolce amoroso focho
トーレ:
Justa fue mi perdicion
作者不詳:
Entra mayo y sale abril
ウレダ:
Nunca fuepena mayor
作者不詳:
Tres morillas
Dindirin
エンシーナ:
Triste Espana sin ventura
エンリケ:
Mi querer tantovos quiere
ポンセ:
Alegria, alegria
作者不詳:
Vesame y abracame
メナ:La bella malmaridada
エンシーナ:
Daca, bailemos, carillo
Si abra en este baldres
作者不詳:
Mino amor
Dios te salve, cruzpreciosa
エンシーナ:
Oy comamos y bebamos
Rodrigo Martinez
カペラ・デ・ラ・トーレ
録音:2010年
そもそも「a Queen」とは誰か?
コロンブスの航海を
支援したことでも有名な
スペインのカスティーリャ女王
イサベル1世(1451〜1504)です。
彼女が即位していた
15世紀末から16世紀初頭、
西欧では中世からルネサンスへと
移行する移り変わりの時期であり、
スペインが国家として統一され、
文化や芸術が花開いた
「黄金時代」の幕開けにあたる、
華やかな時代でした。
本盤は、そのイサベル王妃の治世に
活躍した作曲家たちの作品、あるいは
王妃に献呈された声楽曲・器楽曲で
構成されています。
収録曲の半数以上が
「作曲者不詳」の民謡・宮廷歌ですが、
名前が明らかとなっている作曲家を
整理すると、以下のようになります。
フアン・デル・エンシーナ
1468-1530
スペイン・ルネサンス世俗歌曲および
劇音楽の「父」
フランシスコ・デ・ペニャローサ
1470-1528
イサベル1世の宮廷聖歌隊長
フランシスコ・デ・ラ・トーレ
1483-1504
初期ルネサンス・スペインの
器楽舞曲の重要作曲家
フアン・デ・ウレダ
1430-1482
収録曲「Nunca fuepena mayor」は
当時の全欧州で大ヒットした、
ルネサンス超超名曲
エンリケ 15世紀後半
詳細な経歴は謎の宮廷作曲家
フアン・ポンセ
1474-1521
イサベルの息子の宮廷に仕えた作曲家
ガブリエル・メナ
?–1528
イサベルの夫の宮廷で活躍した音楽家
これら7名の作曲家は、
西洋音楽史の主流には登場しませんが、
15〜16世紀スペイン宮廷文化を
理解するうえで
極めて重要な人物たちです。
名前を聞く機会はかなり少ないのですが
地域的・宮廷的な音楽文化を支えた
「ローカルな巨匠たち」ということが
できます。
しかし、彼らの音楽は
近年の古楽研究で再評価が進み、
スペイン・ルネサンスの豊かさを示す
鍵となる存在として
扱われているのです。

バッハやモーツァルトへと続く
「メインストリーム」の音楽史と
比べたとき、
この時代のスペイン音楽には
いくつかの独自性があります。
同時代のイタリアでは「マドリガル」、
フランスでは「シャンソン」といった
ポリフォニー歌曲が発展していましたが
スペインでは「短い詩の繰り返し
+親しみやすいリズム」を持った
「ビリャンシーコ」が
爆発的に流行しました。
本盤の音楽を聴くとわかるのですが、
この「ビリャンシーコ」は
「宮廷音楽の気品」を保ちながらも
「民謡のような親しみやすさ」も
持ち合わせている、
いわゆる「開かれた王室」のような
雰囲気があるのです。
また、当時のスペイン音楽には、
ヨーロッパ北方の音楽様式だけでなく、
イスラム文化の影響も
色濃く反映されているのです。
そのため本盤の音楽には、
地中海的でエキゾチックな、
「エキサイティングな打楽器リズム」や
「哀愁を帯びたメロディ」が
聴き取れるのです。
さらに、使用楽器にも特徴があります。
不思議な音色が
そこここから聞こえてくるのですが、
これらは当時の古楽器である
ショーム(オーボエの原形)、
サックバット(トロンボーンの原形)、
リュート、
各種パーカッション(太鼓やタンバリン)
などです。
こうした金管木管楽器による合奏は、
当時の宮廷の儀式や祝宴で
欠かせないものでした。
声楽曲を管楽器アンサンブルに編曲して
演奏する手法は、
後のブラス・アンサンブルや器楽曲の
発展に大きな影響を与えています。
こうしたスペイン・ルネサンス期の
音楽の特徴を
最大限に引き出しているのが、
カペラ・デ・ラ・トーレの演奏です。
当時の構造を再現した
歴史的楽器を使用しているこの団体は、
ルネサンス期の合奏団の
歴史的なアンサンブル編成を
現代に蘇らせています。
当時の手稿譜や演奏習慣を
厳密に研究しているといわれている
団体であり、
まるでジャズのセッションのような
臨場感と躍動感溢れる
演奏となっています。
そもそも本盤収録の作曲家
フランシスコ・デ・ラ・トーレにちなんだ
団体名なのですから、
彼等にとって最も自信のある
得意分野の演奏となっているのです。

古楽、特にルネサンス音楽というと
「静かで地味な音楽」というイメージを
持たれがちなのですが、
カペラ・デ・ラ・トーレの演奏は
「管楽器のパワフルな色彩感」と
「打楽器が打ち鳴らすグルーヴ感」に
満ちています。
当時の人々が感じていた
生のエネルギーを、
そのまま体感できました。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.8.11)
〔カペラ・デ・ラ・トーレの音盤〕
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