「ティルマン・リーメンシュナイダーの時代の音楽」を聴く

中世からルネサンスへの過渡期の音楽

十数年前、
よくわからないままに購入し、
よくわからないままに聴き、
よくわからないままに
うっちゃっておいた音盤を、
最近になって聴き直してみました。
何度も聴いていると、
どこか古めかしくて寂しいけれども、
同時に胸にじんわりと染み入るような
優しさや人間味が見られるような
音楽として感じられます。

中世ドイツの大彫刻家
ティルマン・リーメンシュナイダーの
時代の音楽

今日のオススメ!音盤

作者不詳:
 わが心は喜びへ
ムートン:
 決して
作者不詳:
 バス・ダンス「ラ・マグダレーナ」
 トゥルディオン
 バス・ダンス「ラ・ガッタ」
 叱り、ののしり
フィンク:
 叱り、ののしり
ホーフハイマー:
 叱り、ののしり
作者不詳:
 わが心は憧れに満ちている
 私は自ら選んだ
 舞曲・民謡
 君は我が心を
 私はこの輪の中で跳ねる
ワルター:
 深き苦しみの縁より、われ汝を呼ぶ
シュトルツァー:
 私は一日嘆く
イザーク:
 インスブルックよ、さようなら
シュトルツァー:
 森の木の葉は枯れる
作者不詳:
 私たちは戦争に行った
 男は旅するべきではない
 森の木の葉が落ちた
 私はかつてそれを見た
 いとしのエルス
ラピチダ:
 タンデルナーケン
作者不詳:
 鳥たちの方向
 猫の前足
 5つすべて
 陽気な傭兵たちの歌
オブレヒト:
 ロンベルティエ
作者不詳:
 狩人は狩へ行った

ベルンハルト・ベーム(ディレクター他)
イル・キュリオーソ
マルティン・フンメル(Br)
ヘドス・アンサンブル
ヘルムート・ハイン(Br)
録音:2003年

そもそもアルバムの表題に入っている
ティルマン・リーメンシュナイダー
(1460?〜1531)とは
どんな人物だったのか?
実は音楽家ではなく彫刻家です。
中世からルネサンスへの過渡期、
いわゆる
「後期ゴシック期」のドイツを代表する
天才彫刻家として知られています。
主に南ドイツの古都
ヴュルツブルクを拠点に活躍しました。
彼の最大の特徴は、
リンデ(菩提樹)の木を巧みに使い、
驚くほど繊細で感情豊かな聖像
(キリストやマリアなどの聖人たち)を
彫り上げたことにあります。
それまでの堅苦しい
中世の彫刻とは異なり、
彼の彫る人物像は、
静かな哀しみや深い祈りの表情、
そして衣服の柔らかなひだの表現が
リアルで、見る者の心を揺さぶる
圧倒的な美しさを持っています。
まさにドイツ・ゴシック美術の大家と
称される人物なのです。

当然、リーメンシュナイダー自身が
作曲をしたわけではありません。
本盤はNAXOSレーベルの人気シリーズ
「アート&ミュージック」の一環で、
「天才彫刻家リーメンシュナイダーが、
あの素晴らしい木彫り作品の数々を
黙々と彫っていたとき、
街や教会、あるいは彼自身の頭の中で
流れていたであろう音楽」を再現した、
いわば「音の歴史背景画」のような
アルバムとなっているのです。

Time of Tilman Riemenschneider

音楽史でいうと、ちょうど
「ルネサンス音楽」の初期から
全盛期にあたります。
収録曲には、
「作曲者不詳」の音楽に混じって、
当時のドイツやフランドル楽派を
代表する超一流の作曲家たちの
名が並んでいます。
名前の残っていない人物を含め、
作曲者たちはリーメンシュナイダーと
まさに同時代を生きた
音楽家たちなのです。

ハインリヒ・イザーク(1450?~1517)
ジャン・ムートン(1459–1522)
ハインリヒ・フィンク(1445–1527)
パウル・ホーフハイマー(1459–1537)
ヨハン・ワルター(1496–1570)
トーマス・シュトルツァー(1480–1526)
エラスムス・ラピシダ(1440–1547)
ヤーコプ・オブレヒト(1457–1505)

名前が明らかとなっている作曲者のうち
最も有名なのはイザークでしょうか。
イザークは
ネーデルランド楽派の作曲家であり、
ミサ曲、モテット、ドイツ語歌曲、
イタリア語歌曲、器楽曲など、
幅広い、変化に富んだ楽曲を
数多く創り上げています。
収録されている
「インスブルックよ、さらば」は、
1964年と1976年の
インスブルック冬季オリンピックでの
閉会式で歌われたことにより、
広く知られるようになった歌曲です。

ムートンはフランドル楽派の後期を
代表する作曲家です。
フランス宮廷で活躍しました。
フィンクはイザークと同じ
ドイツの作曲家です。
イザークがハプスブルク帝国の宮廷で
働いたのに対し、
フィンクはバイエルン公国で
活躍しました。
両者は宮廷文化のネットワークを通じて
同じ音楽的潮流の中にいた
同時代人といえます。
ホーフハイマーはオーストリアの
作曲家兼オルガニストでした。
イザークと同じくマクシミリアン一世に
仕えた宮廷音楽家、つまり
同じ職場の同僚という関係でした。
イザークが作曲家兼歌手だったのに対し
ホーフハイマーは
鍵盤音楽の第一人者であり、
宮廷行事で共演していた
可能性が高いと考えられます。
ワルターはイザークより
一世代後のドイツの作曲家です。
ワルターの初期作品は
イザークらのフランドル楽派の影響を
強く受けているといえます。
シュトルツァーもまた
イザークより後の世代の
ドイツの作曲家です。
フランドル楽派の語法を
ドイツ語圏に広めた功績で知られ、
イザークの音楽語法を継承した
後継者的存在される人物です。
ラピシダはイザークと同時代の
ドイツ作曲家です。
イザークが宮廷中心だったのに対し、
ラピシダは都市文化の音楽家でした。
オブレヒトはポリフォニーの
複雑さと美しさで知られる
フランドル楽派の巨匠であり、
ジョスカンと並ぶ評価を受けている
作曲科です。
イザークとはフランドル楽派の
同時代人です。

「作曲者不詳」を含め、
こうした多彩な顔ぶれの作曲家たちの
音楽が集められている本盤には、
厳かな教会音楽だけでなく、
非常にバラエティ豊かな当時の
「世俗音楽」が収められているのです。
深い祈りや嘆きを表した
ポリフォニーの聖歌からは
静寂な教会の様子が
ひしひしと感じ取れます。
当時流行していた世俗歌や
身をよじるような恋の歌、
職人たちが口ずさんだであろう
バラードからは、
居酒屋や街の賑わいが
聞こえるようです。
軽快なダンス音楽や
行進曲風の音楽からは
宮廷の躍動感が伝わってきます。
一通り聴き通すと、
リーメンシュナイダーの時代の風景が
目の前に迫ってくるようです。

リーメンシュナイダーの木彫り作品、
例えば有名な「聖血祭壇」などには、
楽器を奏でる天使たちの姿も
しばしば彫り込まれています。
当時のドイツの人々にとって、
目に見える「彫刻」と
耳に聞こえる「音楽」は、
どちらも神への祈りや日々の生活に
深く結びついた、
地続きのものだったと考えられます。

amazon music unlimited

音楽は、その背景にある歴史や美術、
そしてそれらを生み出した
「人間の営み」と結びついた瞬間、
単なる音の連なりから、
当時の空気を運んでくる
タイムマシンのような存在に
変わります。
冷涼なドイツの深い森から切り出された
菩提樹の香り、
職人たちがノミを振るう音、
そして夕暮れの教会の静寂。
そうした当時の情景を、
本盤から流れる
古楽器の素朴な響きとともに
堪能する贅沢。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。

(2026.7.28)

〔ルネサンスの音楽の音盤はいかが〕

Albrecht FietzによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

モーリー「エアーとマドリガル集」
シャンソニエ・コルディフォルム
「エリザベス朝のヴァージナル音楽」

【こんな音盤はいかがですか】

コメントを残す