タンスマンの素敵なピアノ曲集

ピアニスト・花岡千春とBellwoodレーベルの快挙

かつて中古CDショップで見つけた
不思議な一枚です。
作曲家の名前も知らない、
演奏家の名前も知らない、
リリース元のレーベルも
聞いたことがない、と
三拍子そろっていたのですが、
なぜか強い引力で引き寄せられ、
レジに持って行ってしまいました。
以来、何度も聴いています。

「花岡千春 タンスマンを弾く」

今日のオススメ!音盤

タンスマン:
 子供のために
  ちょっと夢うつつで
  機械じかけの馬
  レコード
  小鳥
  小さな黒人
  ダンスのお稽古
  パレード
  かくれんぼ
  子守歌
  片足スケート
  夢
  ボール
  物乞い
  お庭で
  消防士のおじさん
  お散歩
  アニメの子猫
  千一夜
  じっくり考える
  ちょっと厳かに
  コマ
  面倒な問題
  いたずらっ子
  算数の問題
  お休み
  マズルカ
  ゆっくりなワルツ
  オルゴール
  ピンポン
  兵隊ごっこ
  ヴァカンスの終わり
  セーブル焼きの人形
  ぬいぐるみの小熊
  スケート
  お人形
  目覚め
  バリ島の遊び
  いにしえの歌
  ヴェネツィア
  昔の話
  操り人形のワルツ
  クリスマス
  真面目な時間
  ロシアの踊り
  軍隊行進曲
  フィナーレ
 若いピアニストのための10曲
  スパニッシュ・ムード
  夢
  メリーゴーランド
  メランコリー
  雨の日
  スピードにのって
  静かに
  神に祈る
  戯れ
  トッカータ
 ブルースの形をした3つの前奏曲
  レント カンタービレ
  モデラート
  モデラート

花岡千春(p)
録音:2006年

アレクサンドル・タンスマン
1897年生まれの作曲家でありながら、
現代曲的な難解さが微塵もなく、
かといってロマン派のピアノ曲とも
異なります。
生地はポーランドでありながら、
(マズルカなどの舞曲も
収録されているものの)
ローカル色は強くなく、
むしろパリのおしゃれな雰囲気を
感じさせる曲もいくつか見られます。
全体的に親しみやすく味わい深い
ピアノ曲集となっているのです。

タンスマンの音楽の根底にあるのは、
20世紀前半にヨーロッパで主流となった
「新古典主義」というスタイルです。
ドビュッシーらの
印象主義のような曖昧さや、
ロマン派の過剰な感情表現から
一歩距離を置き、
「すっきりとした明快な形」
「軽快なリズム」
「洗練されたユーモア」が
彼の作風となっています。
これが現代曲特有の
ドロドロした重さや難解さを
感じさせない大きな理由なのでしょう。

1897 Tansman

タンスマンの和音は、
モーツァルトショパンのような
古典的な美しさとは少し違います。
しかし、現代音楽のような
「耳が痛くなる音」でもありません。
聴き取るかぎり、
基本となる美しいメロディや
綺麗な響きの中に、
ほんの少しだけ複雑な響き
(お洒落な不協和音)を
ブレンドしています。
ジャズのエッセンスや、
フランス音楽特有の色彩豊かな響きが
調合されているため、
モダンでありながらも、
耳にすっと馴染む
心地よい味わいが生まれているのです。

ポーランド生まれのユダヤ系である
タンスマンは、パリへ渡り、
大戦中はアメリカへ亡命しました。
生涯の多くを海外で過ごした彼ですが、
心の中には
常に故郷の音楽があったのでしょう、
ショパンと同じように
「マズルカ」などのポーランド舞曲を
生涯にわたって書き続けました。
そこには東欧特有のちょっぴり切なく、
哀愁を帯びたメロディが、
(過剰にではなく)
適度に息づいています。
この絶妙な「歌ごころ」が、
聴く人の心を惹きつける
フックとなっていると感じます。

タンスマンの魅力は、
「パリの洗練されたおしゃれなセンス」と
「東欧の哀愁を帯びたメロディ」が、
20世紀の軽快なリズムで
見事に融合している点にあるのです。
ロマン派ほどベタつかず、
現代曲ほど冷たくない、
この絶妙な距離感こそが、
タンスマンのピアノ曲の
「味わい深さ」なのです。

花岡千春の演奏は、
これらの曲の持つ親しみやすさを
引き出しているとともに、
パリの街の気品のようなものを
感じさせます。
花岡千春は、日本のピアノ界において
「フランス近代音楽」と
「1920年代のパリ」の空気感を
きわめて深く理解し、表現できる
第一人者として知られています。
資料によると、
東京藝大大学院修了後、
すぐにパリへ留学。
アルフレッド・コルトーの高弟
ジャン・ミコーに師事し、
演奏家資格試験を
「審査員全員一致の第一等首席」で
卒業とあります。
まさにフランス正統派のピアニズムを
直接受け継いだような
経歴の持ち主であり、
日本の隠れた巨匠といえる
存在なのです。

このタンスマンですが、
欧米のレーベル
(ドイツ・グラモフォンやデッカ等)の
カタログでは、これまで
見かけなかったような気がします
(私が見落としていただけかも
しれませんが)。
こんな素敵な音楽を書いた作曲家が
埋もれていたことに驚きを感じます。

実はタンスマンは、
生前(特に1920〜1950年代)は
紛れもなく時代の寵児でした。
欧米の音楽事典では、
「20世紀前半のパリ楽壇で
重要な役割を果たした作曲家」
「新古典主義の代表的存在」
「ポーランド音楽の国際的な架け橋」と
記述されているようであり、
学術的評価は一貫して高いようです。
これほどの作曲家が、
なぜ20世紀後半の音楽史の表舞台から
消えかけてしまったのか。

第二次世界大戦後、音楽界は
「新しければ新しいほど偉い」という
過激な前衛音楽の時代に突入します。
タンスマンのように「聴きやすく、
美しく、洗練された音楽」を書く
作曲家は、当時の最先端を気取る
音楽批評家たちから
「保守的すぎる」「時代遅れだ」と
不当に低く
見積もられてしまったのです。

そしてドイツ・グラモフォンや
デッカなどの大レーベルは、
CD時代以降、大衆受けする
「モーツァルト」「ベートーヴェン」
「ショパン」といった超有名曲を、
カラヤンのようなスター演奏家に
何度も録音させるビジネスモデルへと
シフトしていきました。
その結果、
タンスマンのような作曲家は、
メジャーのカタログから
徐々に押し出されていったのです。

しかし、
1990年代後半から現在にかけてようやく
「やっぱり良いものは良い」という
健全な再評価が起きています。
メジャーレーベルが見落とした
タンスマンの輝きを救い上げたのは、
インディーズレーベルだったのです。

本盤もまた
日本のインディーズレーベルである
「Bellwood」からリリースされています。
クラシックファンには
あまり馴染みのない名前ですが、
実は日本のポピュラー音楽史において
「伝説」と呼ばれる
インディーズレーベルです。
1972年、キングレコードの
社内レーベルとして設立された
「Bellwood」。
当時、まだ無名だったはっぴいえんど、
小室等、西岡たかし、遠藤賢司など、
時代の最先端を走る尖った才能を
次々と発掘したレーベルです。

つまり、もともとのDNAが
「大衆に迎合せず、本当に価値のある
新しい音楽・尖った才能を
世に送り出す」という、
きわめて強いインディーズ精神を持った
レーベルなのです。

この「Bellwood」、現在は
キングレコードのグループ会社として、
特定のジャンルに縛られず、
「アーティストの深いこだわりを
形にするレーベル」として
機能しています。
どうやらこのレーベル、
花岡千春と強いパートナー・シップを
結んでいるようで、
調べてみるとすでに十数枚の録音を
リリースしていました。
そのタイトルを見てみると、
「信時潔ピアノ曲全集」
「清瀬保二ピアノ独奏曲全集」
「花岡千春 タイユフェールを弾く」
「チェレプニン・コレクション」など、
なんともマニアック、
そのこだわりは筋金入りのようです。

日本のメジャーレーベルであれば
「もっと売れるショパンを
弾いてください」と言うところを、
「Bellwood」は
花岡千春が本当に光を当てたいと願う、
歴史に埋もれた美しい名曲を、
最高の形で
世に送り出そうというスタンスで
並走し続けたのだろうと想像できます。

今日のオススメ!音盤

数年前に何気なく手にした一枚は、
音楽の真の価値や美しさを理解できる
素敵なピアニスト・花岡千春が、
商業的視点に囚われずに
価値ある文化を発信しようとする
意気盛んなレーベルのサポートを得て、
歴史に埋もれていた作曲家・
タンスマンの実力を
世に知らしめようという情熱に溢れた、
魅力あるプロジェクトの結晶でした。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。

(2026.7.14)

〔タンスマンの音盤はいかが〕

〔花岡千春の音盤はいかが〕

Tobias FrickによるPixabayからの画像

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