
スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズの再現する「王の書斎」
クープランの音楽が好きで、これまで
「ルソン・ド・テネブレ」
「修道院のためのミサ」
「教区のためのミサ」を
取り上げてきました。
今日は「王宮のコンセール集」です。
スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ
の演奏によるこの曲を、
最近よく聴いています。
フランソワ・クープラン
「王宮のコンセール集」

F.クープラン:
王宮のコンセール集
第1番ト長調
第2番ニ長調
第3番イ長調
第4番ホ短調
2台のクラヴサンのための小品
アルマンド
えりぬきのミュゼット/
居酒屋のミュゼット
スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ
キアラ・バンキーニ(vn)
クリストファー・クリューガー(fl)
スティーヴン・ハンマー(ob)
ケネス・スロウィック(gamb,cemb)
コンラート・ユングヘーネル(lute)
ジェームズ・ウィーヴァー(cemb)
ケネス・スロウィック(指揮)
録音:1987年、1990年
そもそも「コンセール」とは何か?
現代のフランス語で「concert」は、
英語と同じく
「コンサート・演奏会」を意味しますが、
バロック期においては、
「複数の楽器が協調して奏でる
多楽章の器楽曲」、つまり
「組曲」のタイトルとして使われました。
特徴として、アルマンド、サラバンド、
クーラント、ジーグといった
当時の宮廷ダンスの舞曲が
ずらりと並ぶ構成になっています。
ドイツでJ.S.バッハなどが書いた
「管弦楽組曲」や、
イタリアの「合奏協奏曲」
(コンチェルト・グロッソ)の
フランス版というイメージです。
「コンセール」という言葉が
耳慣れないものであることには
理由があります。
バロック音楽の主流は
イタリアやドイツであったため、
一般的にはイタリア由来の
「コンチェルト」や、
ドイツ・フランスで広く使われた
「ソナタ」「スイート(組曲)」という
言葉の方が
圧倒的に知名度が高くなりました。
しかもクープランが活躍した時代は
「フランス様式」の黄金期でしたが、
18世紀後半になると
ハイドンやモーツァルトに代表される
古典派音楽の台頭とともに、
この形式自体が
作られなくなってしまいました。
そのため現在この言葉を目にするのは、
クープランの「王宮のコンセール」
「新しいコンセール」や、
少し後の世代であるラモーの
「コンセール形式による
クラヴサン曲集」など、
フランス・バロックの特定の傑作を
紹介するときが
ほとんどとなってしまったのです。

クープランがこの曲集につけた
「王宮の」(Royaux)という言葉には、
当時の音楽的・政治的な背景が
深く関わっています。
晩年のルイ14世は体調を崩しがちで、
毎週日曜日に宮廷の私的な広間で
小規模なコンサートを
開かせていました。
そこで演奏するために
クープランが作曲し、
自らチェンバロを弾いたのが
この作品です。
大オーケストラで鳴らす
華やかな音楽ではなく、
王の耳と心を癒やすための
極上の「室内楽」だったわけです。
また、当時の音楽界は
情熱的で技巧的な「イタリア様式」と、
優雅で伝統的な「フランス様式」が
対立していました。
クープランはこの「王宮のコンセール」の
あとに発表した曲集で、
両方の良さを融合させた
「趣味の融合」を提唱します。
まさにフランス音楽のプライドと、
新しい音楽への架け橋となった
ジャンルが、
この「コンセール」だったといえます。
ところで、この曲には
明確な楽器編成は指定されていません。
クープランは楽譜を出版する際、
基本的にはメロディ・ラインと
通奏低音のみが書かれた形で印刷し、
どの楽器で演奏するかは
「その場にいる奏者たちの自由」に
委ねました。
クープランはこの曲集の楽譜の序文で、
次のような趣旨を述べています。
・宮廷の演奏者の人数や楽器の都合に
合わせて演奏できるようにした
・フランス趣味とイタリア趣味の
融合を目指し、柔軟な編成を許容した
・特定の楽器の技巧を誇示するための
作品ではない
つまり、クープランの「コンセール」は、
「サロンでの親密な音楽」として、
状況に応じて編成を変えられるように
作られたものなのです。
そのため、演奏団体によって、
音楽の印象が大きく異なるのが
この曲集の特徴でしょう。
ストリーミングで
他の録音と比較してみると、
いろいろなことに気づかされます。
本盤と同じく名盤の一つに数えられる
クイケン兄弟の71年の演奏では、
ファゴットが加わっています。
スミソニアン盤は、
音の透明度と室内楽的な親密さが
際立つ録音ですが、
クイケン兄弟盤のように
ファゴットが入ると、
舞曲の重心が下がり、より宮廷的で
優雅な雰囲気が生まれています。
また、2004年録音のサヴァール盤は、
楽譜序文の楽器をすべて揃え、
曲や楽章ごとに楽器を
激しく入れ替えるという、
非常に色彩豊かでオーケストラに近い
華やかなアプローチをとっています。
こうした
クイケン兄弟やサヴァールなどが
リードするヨーロッパの古楽シーンが、
即興性や濃厚なエモーション、
あるいはドラマチックな色彩感を
前面に出すのに対し、
アメリカを拠点とするスミソニアンの
演奏は「格調高い透明感と
テクスチャーの明晰さ」が
際立っていると感じます。
サヴァール盤のような華やかな
管弦楽的アプローチが
「ヴェルサイユの大広間」を
想起させるなら、
スミソニアン盤は
「王の書斎」にふさわしい、
細部までコントロールされた
美しさがあります。
この「抑制の美」と「気品」こそが、
本盤の魅力です。
刺激は少ないものの、
何度聴いても飽きない、
手元に置くべき一枚となる
音盤なのです。

スミソニアンの端正で親密な演奏は、
クープランが王のために奏でた
贅沢な時間の空気感を、
今も変わらず私たちに届けてくれます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.7.7)
〔関連記事:クープランの音楽〕



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