
その独特な音の「質感」に耳を傾けると…
フルートといえば、
高音で華やかなイメージがあるのですが
このアルバムでは、低音フルートが持つ
「深く、温かく、時に神秘的な響き」を
使って、どこまで多彩な
音楽世界を描けるかに
挑戦していると考えられます。
トリプティク
~低音フルートのための新作集

ハーバーグ:
Firefly Triptych
~for alto flute & piano
メナ:
Hasta La Raiz
~for solo aito flute
ドーフ:
Sleepy Hollow
~for two bass flutes & piano
Ballade
~for A-flute,B-flute & piano
Swans
~for two alto flutes & piano
NeSterN Duo
ウェンディ・スターン(A-fl,B-fl)
キャスリーン・ネスター(A-fl,B-fl)
アマンダ・ハーバーグ(p)
ケイティ・リョン(p)
録音:2024年
アマンダ・ハーバーグ
(Amanda Harberg)は、
1973年生まれの、アメリカを代表する
女性作曲家の一人です。
伝統的なクラシックの美しいメロディを
ベースにしながら、
ハッとさせるような意外性のある展開を
組み込むのが得意であるようです。
フルートなどの木管楽器のための作品で
今もっとも人気のある
作曲家の一人とされています。
収録されている「Firefly Triptych」は、
「ホタルの三連画」と
訳されるのでしょうか、
アルバム・タイトルにもなっている
中心的な作品と考えられます。
ホタルの放つ
魔法のような光に縁どられた
「夜の世界への旅」を
描いているかのようです。
3楽章形式であり、
夜の森を探索しているような
雰囲気が漂う素敵な曲です。
第1曲は
深い森へと踏み込んでいく情景、
第2曲は孤独な真夜中の、
どこか霊的で神秘的な気配、
そして第3曲では、
妖精たちが舞を踊っているような情景が
見えてきます。
ちなみにこの曲のピアノ伴奏を、
作曲者本人が行っています。

アリッサ・メルセデス・メナ
(Alyssa Mercedes Mena)は、
マイアミを拠点に活動する、
キューバ系アメリカ人の
若きフルート奏者・作曲家・教育者です。
自身が優れたフルートおよび
低音フルートの演奏家であるため、
楽器のポテンシャルを
極限まで引き出す曲づくりをします。
自身のアイデンティティである
「キューバの文化的ルーツ」に
深く根ざした、情熱的でリズミカル、
かつ内省的な世界観が
特徴とされています。
収録されている「Hasta La Raíz」は、
コロナ禍における隔離生活と、
その中での深い内省から
生まれた曲とのことです。
作曲者自身の
「家族のルーツ」から出発し、
やがて人間そのものを形づくる
「感情の根源」へと焦点を移していく、
精神的な旅路が
低音の響きで表現されています。
情報が不足していて
正確ではない可能性があるのですが、
メナは1997年生まれの、
かなり若手の女性作曲家のようです。
20代中盤という若さで、
このような人生の悟りのような曲を
書き上げるのですから驚きです。
ダニエル・ドルフ(Daniel Dorff)は、
1956年生まれのベテラン作曲家です。
名門音楽出版社の
副社長という顔も持ち、
楽譜の表記法などの
専門家でもあるという
情報が見つかりました。
遊び心にあふれた、親しみやすい音楽が
魅力とされています。
学生時代、当時の流行だった
「難解で前衛的な現代音楽」に疑問を感じ
自分が1960年代に親しんだ
ポピュラー音楽やジャズ、
サックス演奏の経験をベースにした、
自然体で流れるような音楽へ
シフトしたようです。
特にフルートやピッコロ、
低音フルートのためのレパートリーを
数多く発表しているようです。
収録されている3つの小品
「Sleepy Hollow」「Ballade」「Swans」は、
演奏者の委嘱によって書かれた
作品群です。
低音フルートがいかに幅広いジャンルに
対応できるかを
示すような構成になっています。
幽玄でスピリチュアルな雰囲気から、
軽快なジャズの色彩、
そして白鳥が優雅に踊るような
ワルツまで、
低音フルートのポテンシャルの高さを
存分に楽しめる
ポップで親しみやすいアプローチが
特徴です。
演奏者として4人の名前が
クレジットされているのですが、
主役は二人の女性フルーティスト、
スターンとネスターであり、
二人は「NeSterN Duo」という名前の
デュオとして
このアルバムの録音に臨んでいます。
「フルート2本が主役の音楽」というのは、
オーケストラや一般的な名曲を
思い浮かべてもなかなか出てこない、
とても珍しい編成です。
実は「NeSterN Duo」名義での
アルバムは、配信されている中では
この「トリプティク」が
初めてのもののようです。
ただし、この二人はポッと出の
新人デュオではなく、
ニューヨークの音楽界で
数十年にわたり一緒に活動してきた
ベテラン同士なのです。
二人は、「Flute Force」という、
1981年に結成された
アメリカのフルート・カルテットの
主要メンバーとして、
長年ともに活動しています。
このカルテットでも、
彼女たちは普通のフルートだけでなく、
アルト・フルートやバス・フルートを
駆使して
「フルートの音色の限界を広げる」という
活動をずっと続けてきました。
その中の二人が、より低音フルートに
特化して結成したのが、今回の
「NeSterN Duo」なのです。
アルバム後半に収録されている
ドルフの「3つの小品」は、
もともと彼女たちが
「低音フルート2本とピアノのための
曲を書いてほしい」と
個人的に委嘱して作られた
トリロジー(三部作)です。
彼女たちは、楽譜が出版される際の
模範演奏となるような
コンサートやレコーディングを
重ねており、
その集大成としてこのアルバムが
形となったのです。
このデュオとしての過去の録音は
他にはありませんが、
このアルバム自体が、
二人が長年温めて、
満を持して世に送り出した
「名刺代わりにして最高の一枚」と
いえるのです。

現代音楽といっても、決して難解で
トゲトゲしたものではありません。
夜の森、内省、ジャズと
伝統音楽といった親しみやすいテーマが
低音フルートの「深く心地よい響き」で
紡がれています。
その独特な音の「質感」に
耳を傾けてみると、
脳内に新しい風景が広がってきます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.6.30)

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