クレア・フアンチの「Piano Heroines」を聴く

立ち向かった女性たちの音楽

ストリーミングは素敵です。
いろいろな音楽を
試し聴きできるからです。
それによって新しい音楽や音楽家に
出会うことができます。
この一枚もそうです。
クレア・フアンチによる
「Piano Heroines」です。

「Piano Heroines」クレア・フアンチ

今日のオススメ!音盤

メンデルスゾーン=ヘンゼル:
 カプリッチョ ロ短調 H.349
 「12か月」より
  2月:スケルツォ
  5月:春の歌
  6月:セレナード
  9月:川にて
エイミー・ビーチ:
 ファンタジア・フガータ Op.87
 独りきりの母の子守歌 Op.108
 4つのスケッチ Op.15
クララ・シューマン:
 音楽の夜会 Op.6~ノットゥルノ
 4つの性格的小品 Op.5
  ボレロ風カプリス
  幻想的情景 – 亡霊たちの踊り
 ピアノ協奏曲イ短調Op.7
  ~第2楽章:ロマンス
 音楽の夜会 Op.6~ポロネーズ
フローレンス・プライス:
 ニグロ・ファンタジー ト短調
 瞑想曲
 ワルツ・オブ・ザ・スプリング・メイド
 ユア・ハンズ・イン・マイン
 コットン・ダンス

クレア・フアンチ(p)
録音:2025年

収録されている4人には、
「女性である」ということ以外にも、
音楽史や彼女たちの生涯において
驚くほど深く、
地続きのつながりがあります。
彼女たちの生没年を並べてみると、
見事なまでにバトンが
引き継がれていることがわかります。
メンデルスゾーン=ヘンゼル
 [1805-1847](ドイツ)
クララ・シューマン
 [1819-1896](ドイツ)
エイミー・ビーチ
 [1867-1944](アメリカ)
フローレンス・プライス
 [1887-1953](アメリカ)

「Piano Heroines」

クララは少女時代に
ファニーの活躍やその才能を
(限定的な場ではありつつも)
知っていたようです。
そして、大西洋を渡った
アメリカのエイミー・ビーチは、
若き日にヨーロッパ最高峰の
ピアニスト兼作曲家であったクララを
明確なロールモデルとして
仰いでいました。
さらにビーチは、同郷の後輩である
プライスの優れた才能を認め、
彼女の音楽活動を
熱心にサポートしています。
ドイツのロマン派から
アメリカの近代音楽へと、
女性作曲家たちの意志と伝統が
一本の線でつながっているのです。

そして4人全員が、
幼少期から周囲を驚愕させた
圧倒的な「天才ピアニスト」でした。
本アルバムのタイトルが
「Piano Composers」ではなく
「Piano Heroines」となっているのも、
彼女たちがまず第一に、
ピアノという楽器を通じて
世界と対峙した表現者だったからだと
考えられます。

しかし当時の社会通念
(「女性は家庭に入るべき」
「女性に本格的な音楽は書けない」という
偏見)が、
彼女たちのピアニストとしての
キャリアを阻みます。
ファニーは弟フェリックスと
同等以上の才能を持ちながら、
父親から「音楽はプロの職業ではなく、
女性としての飾りにしなさい」と、
公の活動を禁じられました。
ビーチは、医師である夫から
「年2回までの
チャリティ・コンサートしか
開いてはならない」という条件を
突きつけられ、
ピアニストとしての全盛期を
制限されています。
彼女たちは、ステージに立つことを
制限されたからこそ、
「内なる情熱を楽譜に書き留める」、
つまり「作曲」という道へ
深く沈潜していくことになったのです。

Capriccio in B Minor

ところが彼女たちは、
自らの作品を世に出すために、
次は「名前」の壁と
戦わなければなりませんでした。
ファニーの初期の作品は
家族の反対によって、
弟のフェリックスの名前で
出版されていました。
クララは当時、天才少女
「クララ・ヴィーク」として
名を馳せていましたが、
シューマンとの結婚後は、
偉大な夫の陰に隠れることを求められ、
家計を支えるための過酷な演奏ツアーと
八人の育児の合間にしか
作曲ができませんでした。
エイミーの楽譜の表紙には、
本名ではなく「Mrs.H.H.A.Beach」
(ビーチ夫人)という夫の名が
刻まれていました(今でもそうした
表記習慣が残っています)。

そうした彼女たちの
最もドラマチックな共通点は、
人生の後半もしくは逆境において
真の解放を迎えたという点にあります。
ファニーは晩年、
夫の理解を得てようやく自身の名義で
出版を始めました。
クララは夫ロベルトの死後、
生涯をかけて彼の作品を
プロモートしつつ、
自らの音楽的地位を不動の
シニア・プロフェッショナルとして
確立します。
エイミーもまた、
夫の死後にヨーロッパへ渡り、
そこで「ビーチ夫人」ではなく
一人の独立した作曲家
「エイミー・ビーチ」として
大成功を収め、
アメリカに凱旋しました。

そして、
この歴史の地平線上に現れたのが、
黒人女性として
アメリカのクラシック界を切り拓いた
フローレンス・プライスです。
プライスが学んだ
「ニューイングランド音楽院」のある
ボストンは、
エイミー・ビーチがアメリカで初めて
交響曲を発表し、
音楽的中心人物として君臨していた
場所そのものでした。
プライスは、ビーチたちが耕した
「アメリカ独自のクラシック音楽」という
土壌の上で、
自身のルーツである
黒人霊歌やスピリチュアルの要素を
融合させたのです。

‘Piano Heroines’ by Claire Huangci

クレア・フアンチが
このアルバムに込めたのは、単に
「女性が作った曲を集めました」という
コレクションではありません。
抑圧され、名前を伏せられ、
それでもピアノに向かって
ペンを走らせた彼女たちの魂が、
ファニーからクララへ、
クララからエイミーへ、
そしてエイミーからフローレンスへと、
時代を超えて響き合い、
自由を獲得していった
「精神の変革の歴史」そのものなのです。

それを見事に炙り出した
クレア・フアンチの見識の高さは
驚愕に値します。
欧米の芸術メディアの
主要レビューでは、
「ここに収録された音楽が、
なぜ今までクラシック界の定番曲として
頻繁に演奏されてこなかったのか」
という、音楽史の偏見に対する
本質的な問い直しが
沸き起こったくらいです。
4人とも超一流のピアニストであり、
極めて直感的で
優れた書法を持っていることが、
本アルバムによって
証明されたといえるのです。

そしてそれは彼女の
音楽性の高さによって
なされたものなのです。
聴いていただければわかるように、
彼女のきわめてクリアで
濁りのない音色は、
4人の音楽の魅力を
十全に引き出しているのです。

ファニーの
「カプリッチョ」や「12か月より」では、
音が厚くなりすぎる
ドイツ風の演奏から脱却し、
非常に軽やかに弾ききっています。
まるでドビュッシーのような
印象派的美しささえ感じさせます。
エイミーの「4つのスケッチ」の一曲
「Fire-Flies」は、
聴くかぎり難易度の高い
パッセージだと思うのですが、
技術的な難しさを一切感じさせず、
真珠が転がるようにクリアに、
かつ上品に弾きこなしています。

アルバムの後半を締めくくる
フローレンス・プライス作品の演奏が
印象的です。
クラシックの厳格な枠組みの中に、
彼女は生き生きとした
「スウィング感」といった、
ジャズ・黒人霊歌的なエッセンスを
絶妙なバランスで
溶け込ませているのです。
特に最終曲「コットン・ダンス」での
正確無比なアタックと
弾むようなリズム感は、
アルバム全体の
最高のハイライトの一つと感じます。

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「Piano Heroines」の4人は、それぞれ
違う時代・違う境遇にいながら、
「自分の声を音楽として残す」という
一点で、強烈に響き合っています。
その物語を知った上で聴くと、
ファニーの陰影、
クララの構築美、
エイミーの広がり、
プライスの生命力が、
まるで「語りかけてくる」ように
感じられます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。

(2026.6.9)

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