「But Not My Soul~魂までは奪えない」

ラガッツェ四重奏団の素敵な演奏

先日取り上げた
「Bach To Black Vol.Ⅱ」
収録されている
アフリカ系アメリカ人作曲家の中で、
最も注目されている
フローレンス・ベアトリス・プライス。
その音楽をもっと聴きたい、
でもお金がない。
そんなときはストリーミングです。
弦楽四重奏曲を聴いてみました。
そうしたら
「But Not My Soul~魂までは奪えない」
という何やら意味深なタイトル。
いろいろ調べながら
聴いてしまいました。

But Not My Soul~魂までは奪えない
ラガッツェ四重奏団

今日のオススメ!音盤

プライス:
 弦楽四重奏曲第2番イ短調
ドヴォルザーク:
 弦楽四重奏曲第12番ヘ長調
  Op.96「アメリカ」
ギデンズ/ガーチク編:
 At The Purchaser’s Option

ラガッツェ四重奏団
録音:2022年

この3曲の関連はどうなっているのか?
まずドヴォルザークとプライスは
深いつながりがあります。
1890年代に渡米したドヴォルザークは、
「アメリカ独自の音楽を作るには、
黒人霊歌や先住民の旋律を
ベースにすべきだ」と提唱しました。
プライスはまさに
そのドヴォルザークの理想を体現した
最初のアフリカ系女性作曲家です。
彼女はクラシックの構造の中に、
黒人霊歌の魂を吹き込みました。

それに対してリアノン・ギデンズ
(Rhiannon Giddens)は、
現代のミュージシャン(女性)であり、
歴史学者・活動家としての側面も
持つようです。彼女は、
「クラシックやカントリーなどの
アメリカ音楽の根底には、
忘れ去られた(あるいは消された)
黒人の歴史がある」ということを、
音楽を通じて再定義しています。
黒人音楽の歴史を現代に語り直す
最重要人物の一人なのです。

1841 Dvorak

つまりこの三者は、
「アフリカ系アメリカ人の
音楽的遺産」について、
「示唆」したドヴォルザーク、
その道を「確立」させたプライス、
さらに「継承」したギデンズという、
「過去から現在への一本の線」と
なっているのです。

その「一本の線」は、
単純なものではありません。
「But Not My Soul~魂までは奪えない」
というコンセプトで、
その音楽の背景を描き出し、
三人の音楽を歴史的に
あぶり出しているものと考えられます。

このアルバムのタイトル
「But Not My Soul」は、ギデンズの曲
「At The Purchaser’s Option」の
歌詞の一節からとられました。
「At The Purchaser’s Option」の原曲は
彼女が得意とする
バンジョーの弾き語りを中心とした、
フォークもしくはブルース調の曲です。
それをジェイコブ・ガーチク
(Jacob Garchik)が
弦楽四重奏用に編曲したものです。
音楽の内容は、奴隷売買に関する
19世紀の広告に着想を得ています。
赤ん坊を持つ黒人女性の奴隷が
売りに出されており、広告には
「赤ん坊を一緒に買うかどうかは、
購入者の選択次第
(At the purchaser’s option)である」
と記されていたそうです。
非常に重く、
衝撃的な史実を背景にしています。
その歌詞
「You can take my body,
you can take my bones,
you can take my blood,
but not my soul」
(私の体も、骨も、血も、奪うがいい。
けれど、私の魂までは奪えない。)が
本アルバムの
テーマとなっているのです。

奴隷制度という過酷な状況下でも、
「魂」(人間の尊厳)だけは
支配できないという
抵抗と誇りを表したものなのでしょう。
プライスの音楽も、
ドヴォルザークが魅了された霊歌も、
苦難の中から生まれた「魂の叫び」です。
そして長らく白人中心の歴史の中で
影に置かれてきた
プライスのような作曲家の「魂」を、
現代に蘇らせるという意味も
含まれているのでしょう。

こうした「コンセプトアルバム」の場合、
多くはメインの曲の背景を、
他の知られざる曲で
明らかにするというケースが
多いように感じます。
本アルバムはそうではありません。
「アメリカ四重奏曲」の真の姿を
浮き彫りにする」のではなく、
「アメリカ四重奏曲を
歴史の中に正しく置き直す」ことに
その狙いがあると考えられます。
「アメリカ」が本来属している
「アフリカ系アメリカ人音楽の文脈」を、
プライスとギデンズを並べることで
可視化しようとした試みと思われます。

「アメリカ四重奏曲」は有名であるため、
ドヴォルザークの
弦楽四重奏曲と並べるか、あるいは
スメタナの弦楽四重奏曲や、
場合によってはチャイコフスキーの
それと併録することも多いと感じます。
しかし、ヴォルザーク自身、
アメリカ滞在中にこう述べています。
「アメリカの未来の音楽は、
黒人霊歌に基づくべきだ」。
つまり、彼はアフリカ系アメリカ人の
音楽こそがアメリカ音楽の核であると
考えていたのです。
ラガッツェ四重奏団は、
この歴史的視点を現代に引き戻すために
「アメリカ」をプライスとギデンズの間に
配置したのでしょう。

今日のオススメ!

そのラガッツェ四重奏団ですが、
メンバーは以下のようになっています
(2026年現在)。全員女性です。
ローザ・アーノルド(Rosa Arnold)
 第1ヴァイオリン
ジャニータ・フリンス(Jeanita Vriens)
 第2ヴァイオリン
アンネメイン・ベルコッテ
 (Annemijn Bergkotte) ヴィオラ
ナタリー・フリントロップ
 (Nathalie Flintrop) チェロ
※録音当時とメンバーが
 異なる可能性があります。

The Ragazze Quartet

本アルバムで奴隷制度の歴史や
黒人音楽の再評価を
テーマにしたように、
彼女たちは単に美しい曲を
演奏するだけでなく、
「気候変動」「女性の権利」「移民」といった
現代社会に深く関わるテーマを
音楽を通じて発信しているようです。
かなり先鋭的な活動をしている
音楽集団です。
彼女たちは弦楽四重奏という伝統的な
音楽様式を、「過去の遺産を
保存・再現する装置」ではなく、
「現代の問いを表現するための
最も自由なメディア」として
捉えているかのようです。

Amazon Music Unlimited

何気なく聴き始めた
アルバムだったのですが、
「そもそもアメリカ四重奏曲とは
どんな音楽なのか」、そして
「現代においてアメリカ四重奏曲を
演奏する意味・意義は何か」と
いうことについて考えるとともに、
その音楽の拡張と深奥を
探ることができました。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。

(2026.5.19)

〔関連記事:アフリカ系作曲家の音楽〕

「アフリカのピアノ音楽」
Bach To Black
Bach To Black Vol.Ⅱ

〔ラガッツェ四重奏団の音盤〕

Lukáš JančičkaによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

「スラブ舞曲集」(ピアノ連弾版)
愛の神は告げた
フォーレ「歌曲全集」

【こんな音盤はいかがですか】

J.S.Bach: Six Partitas / Schaghajegh Nosrati
created by Rinker

コメントを残す