
ハイドンが閉じ込め、フリードリヒが開いた「興奮」
トランペット協奏曲は作品数が少なく、
したがって私のCD棚の中にあるのも
2枚だけです。
それもハイドンとフンメルの
トランペット協奏曲を中心に
収録された、
一つはウイントン・マルサリスの、
そしてもう一つが
ラインホルト・フリードリヒによる
本盤です。
最近では本盤しか
聴くことがありません。
ハイドン/フンメル/プッチーニ
「トランペット作品集」

ハイドン:
トランペット協奏曲 変ホ長調
フンメル:
トランペット協奏曲 ホ長調
ラインホルト・フリードリヒ(キーtp)
ウィーン・アカデミー管弦楽団
マルティン・ハーゼルベック(指揮)
プッチーニ:
fl・cl・tp・hrnのための協奏曲
クリスティアン・グルトナー(fl)
リサ・クレヴィト=ジーグラー(cl)
ラインホルト・フリードリヒ(キーtp)
ヘクター・マクドナルド(hrn)
ウィーン・アカデミー管弦楽団
マルティン・ハーゼルベック(指揮)
録音:1994年
本盤の特徴は、主役のトランペットが
現代のバルブ・トランペットではなく、
さらにバロック以前から存在した
ナチュラル・トランペットでもなく、
「キー・トランペット」であることです。
ナチュラル・トランペットは
いわば単なる「一本の長い管」です。
バルブも穴も一切ありません。
バッハやヘンデルの時代には、
非常に高い音域を使うことで
なんとかメロディを奏でていましたが、
低い音域でドレミを吹くことは
物理的に不可能でした。
低い音域でも
ドレミを自由に吹きたいという
切実な願いから生まれたのが、
ナチュラルトランペットに
「穴」を開けることで、初めて全音域で
自由な旋律を奏でられるようになった
キー・トランペットなのです。

そのキー・トランペットは、18世紀末、
ウィーンの宮廷奏者
アントン・ヴァイディンガーが
開発しました。
友人・ヴァイディンガーのために、
「新型楽器」の性能を
最大限に引き出すべく、
低音域での軽やかな旋律を盛り込んだ
協奏曲を書き上げたのが
ハイドンなのです。
それまでの
ナチュラル・トランペットでは、
低い音域では特定の数音(例えば
ド・ソ・ド…といった飛び飛びの音)しか
出せませんでした。
それに対してハイドンは
その第1楽章の冒頭部分から、
中低音域で「ド・レ・ミ・ファ・ソ…」と
階段を上るような進行を登場させ、
キー操作による完全な半音階を
思い切り目立たせたのです。
当時の聴衆からすれば、
「えっ、ラッパがそんな低いところで
歌っている!」という
驚愕の演出となったはずです。
また、ナチュラル・トランペットでは
絶対に出せなかった音があるのですが、
ハイドンはそうした音を
「ここぞ」という場所で、
ロングトーンとして配置しています。
新楽器の性能を証明するための
デモンストレーション的な
書き方となっているのです。
さらにナチュラル・トランペットでは、
「唇の技術」だけで
コントロールするために限界があった
跳ねるようなリズムや
細かく動く装飾音が、
キー・トランペットではそのキー操作で
可能となったのです。
ハイドンは第3楽章などに、
非常に速いテンポで音が上下に
激しく動くような部分を配置し、
まるでフルートやオーボエに近い
俊敏さを見せつけたのです。
ハイドンの協奏曲によって
その画期的な性能が宣伝された
キー・トランペットでしたが、
穴を開けることで音色が
不安定になるという弱点がありました。
そのためさらに改良が施され、
現代のバルブ式が開発されたのです。
まもなくキー・トランペットは
バルブ式に取って代わられ、
表舞台から姿を消しました。
キー・トランペットは、
近代化への過渡期に現れた、
短くも輝かしい
徒花のような存在なのです。
フリードリヒの演奏は、
そうしたキー・トランペットの
歴史そのものを現代に再現したような
演奏となっています。
上に記したように、
「なぜハイドンが
ここでこの音を選んだのか」という
構造的な意図が、
楽器の仕組みとの関連から
理解できるようになっているからです。
キー・トランペットならではの書法を、
フリードリヒは現代的な技術で
正確に再現しているのです。
同時に、現代楽器に比べれば音程に
不安定な箇所があるのも確かです。
しかしそれこそが
「バルブ以前の音楽の姿」なのです。
キー・トランペットの「弱点」を、
高い技巧でカバーしつつ、
その「弱点」すら
芸術的に表現しているのです。
単なる「古い楽器での再現」に留まらず、
楽器が持つ「革新性」「不自由さ」
「独特の音色」などを、
ハイドンの音楽が持つ
「遊び心」や「素朴な美しさ」に結びつけた
名盤であると考えます。
こうして
「キー・トランペットの成り立ち」と
「ハイドンのトランペット協奏曲」との
関わりで本盤の演奏を聴き直したとき、
キー・トランペットとは、
先ほど記したような
「徒花」などではなく、
「長い不自由な時代に終止符を打ち、
近代的な演奏の扉を開けた
ゲームチェンジャー」だったと
考えることもできそうです。

その「扉が開いた瞬間」の興奮を
音楽に閉じ込めたのがハイドンなら、
閉じ込められた興奮を
現代に蘇らせたのが
フリードリヒだったと
いえるのでしょう。
そう考えると、本盤における
トランペットの華やかな旋律が、
よりドラマチックに聴こえてきます。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2026.5.12)
〔関連記事:ハイドンの音楽〕



〔ハイドン「トランペット協奏曲」〕

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