
人気の高かったヴェンタドルンの詩
中世の詩人・作曲家・歌手である
トルバドゥール。
世俗の音楽であり、
キリスト教の聖歌とともに、
今日の音楽の源流の一つです。
トルバドゥールについては、
単独の作曲家の作品で編まれた音盤は
決して多くはありません。
現存する作品数が
限られているからでしょう。
そうした意味で、
本盤「橋の上の愚か者」は貴重です。
ヴェンタドルン「橋の上の愚か者」

ヴェンタドルン:
Can Vei La Lauzeta Mover
Non Es Meravelha S’eu Chan
コワンシー:
Cantarai D’Aqueszt Trobadors
リキエ:
Lo Gens Temps De Pascor
ヴェンタドルン:
Can L’Erba fresch’ El Folha Par
Pois Preyatz Me, Senhor
作者不詳:
Tant Ai Mo Cor Ple De Joya
ヴェンタドルン:
Mout Duret Lor Amors
ブルナン:
Per Melhs Corbrir Lo Mal Pes
ヴェンタドルン:
Bel M’es Can Eu Vei La Brolha
作者不詳:
Lancan Vei Per Mei La Landa
ヴェンタドルン:
En Cossirer Et En Esmai
Era.m Cosselhatz, Senhor
Can Vei La Lauzeta Mover
Lancan Vei La Folha
-Tuit Cil Que M Preyon
Qu’Eu Chan
Amics bernart De Ventadorn
Can Vei La Lauzeta Mover
Camerata Mediterranea(演奏)
ジョエル・コーエン(指揮)
録音:1993年
ベルナルト・デ・ヴェンタドルンは、
生没年がはっきりしていません。
1130年頃から
1140年頃にかけて生まれ、
1190年頃から1200年頃にかけて
亡くなったと考えられています
(本盤のブックレット等には
1147?-1170?と記載されています)。
トルバドゥールの詩の多くは、
「騎士道」もしくは「宮廷の愛」を
テーマにしたものが多く、特に後者では
「人妻となった貴婦人を想う愛の歌」が
数多く知られています。
このヴェンタドルンも、
庇護者の奥方であった
マルグリート・ド・テュレンヌのために
詩歌を捧げたのですが、
彼女と恋に落ちたことが知られ、
仕えていたヴァンタドゥール城を
去ることになったという
逸話があるほどです。
12世紀において、
十字軍が南仏の地を蹂躙して
トルバドゥールを追い散らし、
多くの資料を破壊したことにより、
現存するトルバドゥールの作品は
かなり少ないものとなっています。
ところが幸運なことに
このヴェンタドルンの場合、
資料によると45点の詩のうち18点が、
無傷のまま
旋律が伝えられているというのです。
本盤収録は17曲ですから、
ほぼすべてが収められていると
いうことでしょう
(1曲欠落しているのはなぜ?)。
ところで、すべてが
ヴェンタドルンの作曲なのかと
思っていたのですが、
ブックレットを見ると、
そうではありませんでした。
詩はすべて
ヴェンタドルンの作品ですが、
それに曲をつけたのは
別の作曲家である作品があるのです
(「作詞:ヴェンタドルン」
「作曲:後代の作曲家」という形で
クレジットされているものがある)。
その作曲者は以下の通りです。
ゴーティエ・ド・コワンシー
(1178-1236)
ギロー・リキエ
(1230-1300)
ウク・ブルナン
(1190-1220)
ヴェンタドルンの生没年
ベルナルト・デ・ヴェンタドルン
(1147-1170)
こうしてみてみると、
ヴェンタドルン以外の作曲家はみな
ヴェンタドルンの没後に生まれた
人物たちです。

ヴェンタドルンの詩は、
南フランスを中心に広まりました。
おそらく彼の詩は
非常に人気があったのでしょう、
後世の写本に多数収録され、
他の詩人や作曲家によって
模倣もしくは
再利用されたのではないかと
考えられます。
実際、トルバドゥールの詩は、
旋律とともに伝わることもあれば、
詩だけが残ることもあるのが事実です。
後世の作曲家が既存の詩に
新たな旋律を付けることも
珍しくはありません。
コワンシーやリキエは、
トルヴェールや
トルバドゥールの伝統を継承しつつ、
独自の旋律を創作した人物です。
彼らがヴェンタドルンの詩に
新たな旋律を付けた可能性は
十分に考えられます。
特にリキエは、
トルバドゥール芸術の理論的体系化を
試みた人物らしく、
過去の詩に
新しい音楽的命を吹き込むことに
積極的だった可能性があります。
なお、ブルナンに関しては、
その情報が検索できず、さらには
その作品が収録されている音盤は
本盤以外に見当たらず、
かなりローカルな作曲家ではないかと
思われます。

本盤の演奏者である
ジョエル・コーエンと
カメラータ・メディテラニアは、
中世音楽の再構築において、
写本資料や音楽学的研究をもとに
編曲を行っています。
その当時演奏されていた形を
正確に再現することと、
現代人の鑑賞に堪えうる形を
創り上げることの両方を勘案し、
その最適解を導いたような
音盤となっています。
また、ところどころに詩の朗唱を配置し、
ヴェンタドルンの詩と音楽の世界を
可能な限り再現することに
成功しています。
浅学な私には
歌詞はまったくわからないものの、
一通り聴いていくと、
一つの物語を聴き終えたような感触が
得られます。
「資料的価値」にとどまっていない、
魅力に溢れた
素敵な演奏であり音盤です。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2025.9.9)
〔関連記事:吟遊詩人の音楽〕
ワン・ヴォイス~中世吟遊詩人の歌
「十字軍の音楽」とはどんな音楽?
フィリップ・ル・シャンスリエ作品集
セクエンツィア
「中世ドイツの騎士歌人の歌」
〔吟遊詩人の音楽はいかがですか〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな音盤はいかがですか】







