
バッハをモダン・ピアノで面白く聴かせるフェルナー
クラシック音楽を聴き続けて
40年くらい経ちました。
ようやくバッハの音楽の良さが
わかりかけてきました。
でも、まだまだ
「インヴェンションとシンフォニア」に
ついては十分に
理解できないままでした。
ようやく「いいな」と思える
音盤と出会いました。
ティル・フェルナーの録音です。
バッハ
「インヴェンションとシンフォニア」
ティル・フェルナー

J.S.バッハ:
2声のインヴェンション
BWV.772a-786
3声のシンフォニア BWV.787-801
フランス組曲第5番ト長調 BWV.816
ティル・フェルナー(p)
録音:2007年
なぜこれまで
この曲のいい録音と出会えなかったか?
まず、曲自体の良さが(私にとって)
見えにくかったからだろうと思います。
ゴルトベルク変奏曲や平均律に比べて、
練習曲的な意味合いが強いことや、
その割に決して簡単な曲ではないこと、
そして今ひとつ地味に聞こえることが
その理由です。
この曲を聴いてこなかったわけでは
ありません。
二十数年前からグールドとシフの音盤を
聴いてきたのですが、
両者は私の脳内にしっかりとした
音像を結んではくれませんでした。
多分、相性の問題でしょう。

一度聴いて、虜になってしまいました。
「インヴェンションとシンフォニア」は
こんなにも魅力的な音楽であることに
初めて気づきました。
フェルナーのタッチは柔軟であり、
バッハ特有の堅さが
まったく感じられません。
しなやかであるとともに
人間の体温をしっかり感じさせる、
血の通った音楽となっているのです。
特別なことをしているわけでは
ないようです。
むしろ一番古くから聴いている
グールドの方が奇を衒ったような
ところを感じてしまいます。
フェルナーはきわめて自然体で
臨んでいるのです。
個性の強い演奏は大好きです。
しかしことさら
変わったことをしなくても、
全体を見通し、
調和とバランスを優先し、
曲の持つ旨味を
じっくり引き出した演奏もまた
格別のテイストがあるのです。
例えは適切でないかもしれませんが、
上品に出汁を取った吸い物のような
味わいに似ていると感じました。
本盤は、録音も優れていて、
フェルナーの紡ぎ出す一音一音を
しっかり収録し、
音の艶やかさはもちろん、
その微妙なタッチの揺らぎまで
しっかりと記録できています。
本録音のECMは現代音楽を得意とする
レーベルであり、きわめて
クリアな録音で知られています。
この優秀録音が
フェルナーの音づくりの見事さを
さらにきわ立たせているといえます。
ウィーン生まれのこのフェルナー。
調べてみると、ブレンデルらに師事し、
1993年のハスキル国際コンクールに
優勝して国際的に注目を集め、
以来20年以上にわたって
世界最高峰のオーケストラや
欧米や日本の主要ホール、
著名音楽祭などへの出演している
演奏家なのだそうで、
実力は折り紙付きというわけでした。

バッハ録音は本盤のほかにも
平均律の第1巻を
すでにリリースしています。
そちらも近いうちに
聴いてみたいと思います。
それにしても
このフェルナーだけでなく、
ヴィギングル・オラフソン、
マルティン・シュタットフェルトなど、
若手のバッハ弾きが
注目されてきています。
かつてのように
「グールドさえあればいい」というような
時代ではなくなってきています。
厳めしい顔つきのバッハではなく、
優しい笑顔のバッハ像が
次々に生まれてくるのは
喜ばしい限りです。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2025.4.8)
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