ロンドン中世アンサンブル「インスブルックよ、さらば」
ハインリヒ・イザークの音楽の全貌は、
なかなかつかめません。
録音された音盤も少なく、
そしてそれらの流通量も
多くはないからです。
その中で、
ロンドン中世アンサンブルによる本盤は
最もよく知られたものであり、
貴重な一枚です。
全26曲、
素敵な音楽世界が広がっています。
インスブルックよ、さらば
イザーク:
シャンソン、フロットラ、リート集
イザーク:
お前、身持ちが
ある日、朝方
わが胸のうちの悩みを
ああ、私の心は
嫉妬を最初に見つけた者は
私は恋におち
私は安楽には暮らせない
従僕
父さん私に夫をくれた
たっぷり飲んで
奥様、あなたの家に中には
手に負えない運命の女神よ
これほど美しく立派な女神たちは
今や五月
半鐘
私にはしあわせな日など
ラ・モルラ
お百姓に娘がいた
おお、情熱に燃えるヴィーナス
インスブルックよ、さらば
楽しいふし
これはほんとに驚いた
山と深い谷の間に
朝早く起きてみると
犬
こぼし屋、けんか屋、すすりあげ
ロンドン中世アンサンブル
録音:1983年
ハインリヒ・イザークは、
ネーデルランド楽派の作曲家です。
ミサ曲、モテット、ドイツ語歌曲、
イタリア語歌曲、器楽曲など、
幅広い、変化に富んだ楽曲を
数多く創り上げています。
当時の最も多作な作曲家の
一人であり、
十分すぎる活躍を残しているのですが、
どうも同時代のジョスカン・デ・プレの
陰に隠れてしまって、
目立たなくなっているようです。
イザークの楽曲のみで構成された音盤も
少ないのです
(「ネーデルランド楽派の音楽」として
まとめられていることが多い)。
しかし本盤を聴く限り、
イザークはもっと評価されてよい
作曲家だと感じます。
ここに収められているのはシャンソン、
フロットラ、リートとなっています。
「シャンソン」とは、
フランス語で歌われるポリフォニーの
世俗的声楽曲の総称です。
「フロットラ」は、
15世紀から16世紀にかけて
イタリアで人気のあった
世俗歌曲の一種です。そして
「リート」はもちろん
ドイツ歌曲となるのです。
つまり本盤は、フランス語、
イタリア語、ドイツ語による
世俗的歌曲集(いくつかは器楽曲が
含まれる)となっているのです。
最も有名な作品は、第20曲
「インスブルックよ、さらば」でしょう。
古い時代の話になりますが、
1964年と1976年の
インスブルック冬季オリンピックでの
閉会式で歌われたことにより、
広く知られるようになった歌曲です。
イザークが実際に作曲したのか、
それとも民謡を採譜したのか、
今となっては不明なのですが、
その素朴な味わいは
心に染み入ってくるかのようです。
繰り返し聴きたくなる一曲です。
素敵なのは
「インスブルックよ、さらば」だけでは
ありません。
第7曲「私は安楽には暮らせない」、
第9曲「父さん私に夫を暮れた」も
哀愁を帯びた旋律が魅力の歌曲です。
第13曲
「これほど美しく立派な女神たちは」は、
明るく伸びやかな
ポリフォニー作品となっています。
第16曲「私にはしあわせな日など」は、
舞曲風の軽快な曲想が
心を浮き立たせます。
すべての曲が
異なったイメージを持つとともに、
中世の市井の人々の生活感情を
豊かに表現し、
後世の私たちに伝えているのです。
ロンドン中世アンサンブルの音盤は、
これまでデュファイとオケゲム
それぞれの「世俗音楽全集」を
取り上げてきましたが、
本盤も味わい深い一枚です。
やはり、クラシック音楽は愉し、です。
(2024.12.3)
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