ツァハリアスのベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集

鍵盤の間から宝石がこぼれ落ちてくるような

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集も
それなりの数を購入してしまいました。
最近聴いていない盤はどれかな、と
探していて見つかったのが
この一組です。
クリスティアン・ツァハリアスが
EMIに入れた録音であり、
三重協奏曲まで入っている三枚組です。
久しぶりに聴き、
その深い味わいを再確認しました。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集

Beethoven Piano Concertos 1-5

ベートーヴェン:
 ピアノ協奏曲第1番ハ長調 Op.15
 ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op.37
 ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op.19
 ピアノ協奏曲第4番ト長調 Op.58
 ピアノ協奏曲第5番
  変ホ長調 Op.73「皇帝」

クリスティアン・ツァハリアス(p)
シュターツカペレ・ドレスデン
ハンス・フォンク(指揮)
録音:1986-89年

ベートーヴェン:
 三重協奏曲ハ長調 Op.56

クリスティアン・ツァハリアス(p)
ウルフ・ヘルシャー(vn)
ハインリヒ・シフ(vc)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
クルト・マズア(指揮)
録音:1984年

5曲とも、ツァハリアスの
即興的な表現が十二分に生かされ、
愉悦感溢れる演奏となっています。
モーツァルトのピアノ協奏曲では
いろいろ遊びまくった
ツァハリアスですが、
ベートーヴェンでは
奇をてらったような仕掛けなどは
見当たらず、
正攻法で挑んできています。
とはいえ、ベートーヴェンを
重く弾く傾向のある
ドイツ人ピアニストの中にあって、
ツァハリアスは
重厚な音づくりにはしていません。
比較的軽目の打鍵で、
曲の細部に至るまで
一つ一つの音を丁寧に弾ききり、
全体を美しく仕上げようという意図が
強く感じられる演奏となっています。

特に美しいのは第5番Op.73です。
第1楽章から速めのテンポで
ぐいぐいと迫ってくるのですが、
一音一音が光り輝いています。
鍵盤の間から宝石がポロポロと
こぼれ落ちてくるようなイメージです。
しなやかな打鍵から、
スポーティかつ華やかな
ベートーヴェン像を
彫り上げていきます。

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ツァハリアスは基本的には
モーツァルト弾きなのでしょう。
ベートーヴェンの後ろに
モーツァルトのいたずら顔が
隠れ見えるような感じです。
ドイツの伝統も、演奏の精神性も、
まったく関係ありません。
音楽を愉しむというのは
こういうことだ、と
音で主張しているかのようです。

シュターツカペレ・ドレスデンの
サポートも見事です。
なによりオケの音の美しさが
ツァハリアスのピアノと
しっかりマッチしています。
しかもピアノの即興的表現を
がっちりと支えている
反応性の高い演奏に驚かされます。
ドイツの伝統的な
オーケストラなのですが、
本盤で指揮している
ハンス・フォンクのあたりから
あまりドイツ的な形にこだわらない、
柔軟な姿勢に転化していたかと
記憶しています(フォンク以降、
シノーポリやルイージなど
イタリア系指揮者も招聘している)。

今日のオススメ!

併録されている三重協奏曲ですが、
こちらはツァハリアスが
やややりにくそうに弾いているような
印象を受けてしまいます。
マズアとゲヴァントハウス管の演奏は
ドイツ的であり、音がやや硬めです。
ヴァイオリンのヘルシャーや
チェロのシフもじっくりと落ち着いた
音を奏でているため、
ツァハリアスもそれに
お付き合いしているかのようです。
それでもこの曲の録音としては
質の高いものであり、
味わい深いと感じます。
ただし、近年、
この曲のおもしろい演奏が
いくつも登場していますので、
それらと比較されると
やや分が悪いかもしれません。

1770 Beethoven

ところで、なぜかこの録音は
まったく評価されていませんでした。
「レコード芸術」別巻の
「名曲名盤○○○」でも、過去一度も
取り上げられていなかったはずです。
きっと時代が(というよりも
日本の評論家が)ツァハリアスの感性に
追いついていなかったのでしょう。

21世紀の現代においては、このような
演奏は珍しくなくなりました。
しかしまだまだ重い鎧を纏った
ベートーヴェン像が一般的だった
20世紀80年代において、
ツァハリアスはこうした若さ溢れる
ベートーヴェンを創造していたのです。
その先見性に驚かされます。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集は
まだまだおもしろい音盤が
たくさんあります。これからも
存分に味わっていきたいと思います。
やはり、音盤は愉し、です。

(2024.5.19)

〔ツァハリアスのベートーヴェン録音〕
ツァハリアスは、このあと1994年、
アルミン・ジョルダンの指揮、
スイスロマンド管の伴奏で
この全集を入れ直しています。
そちらも素敵な演奏であり、
別の機会に
取り上げたいと思っています。
また2012、2013年には
ローザンヌ室内管を従えての
弾き振りで映像収録(DVD)しています。
こちらはまだ入手できていません。
何とか手に入れたいと思っています。

こちらもオススメ!

〔ツァハリアスの音盤〕

Mozart: Piano Concertos
Piano Quintet String Quintet
Schumann:Kinderszenen

〔ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集〕

Krystian Zimerman
Jan Lisiecki
Ronald Brautigam
Arthur Robert–BogardによるPixabayからの画像

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな音盤はいかがですか】

タルモ・ペルトコスキ
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