あのバッハが聴きにきた音楽会
私が初めて
ブクステフーデの音楽と出会ったのは
オラトリオ「最後の審判」でした。
そのためか、ブクステフーデというと、
大がかりな宗教音楽を創った
作曲家という認識がありました。
そうではありませんでした。
それは作品の一部であり、
実に多彩な曲を創り上げていたのです。
本盤はその中でも
室内楽曲を集めた作品集です。
BOX1 Disc15
ブクステフーデ「夕べの音楽」
ブクステフーデ:
パッサカリア ニ短調 BuxWV161
ソナタ ニ短調 Op1-6 BuxWV257
ソナタ ニ長調 BuxWV267
ソナタ ト長調 Op2-3 BuxWV261
シャコンヌ ホ短調 BuxWV160
ソナタ へ長調 Op1-1 Bux252
ソナタ ハ長調 BuxWV266
平安と喜びに満ち逝かん BuxWV76
ソナタ ト長調 Op1-2 BuxWV253
スキップ・センペ(指揮&cemb)
カプリッチョ・ストラヴァガンテ
録音:1992年
ブクステフーデは
旅行らしい旅行をほとんどせず、
北ドイツの都市・リューベックの
教会オルガニストとして
採用されて以降は、
その地で音楽に身を捧げた人物です。
本盤のタイトルとして
「Abendmusik(夕べの音楽)」と
あるのですが、
それはブクステフーデが開催していた
音楽会の名称でもあります。
前任者であった
フランツ・トゥンダーが始めた
「夕方の礼拝時のささやかな演奏」を、
ブクステフーデはさらに発展させ、
「Abendmusik(夕べの音楽)」と
したのです。
入場無料だったため、大好評を博し、
Abendmusikと
ブクステフーデの名前は、
リューベックを越えて、
広く知られるようになったのです。
これを聴くために、二十歳のバッハ
(当時、ドイツの地方の街・
アルンシュタットの教会オルガニストの
役職を得ていた)が、
長い道のりを歩いてはるばる
リューベックまでやってきたという
逸話が残っているくらいです。
調べてみると、アルンシュタットから
リューベックまでは約450km、
私の住む北国の田舎町から
首都圏の入り口あたりまでの距離です。
当然、徒歩しか移動手段は
なかったでしょうから、
いかにブクステフーデの名声が
高いものであったかわかります。
Abendmusikは、
後に合唱や管弦楽を含む
大編成で華やかな作品を
上演するようになりましたが、
おそらく本盤は、その前身の
室内楽中心による音楽会の再現といった
ところなのでしょう。
どちらかというと声楽曲や宗教曲の
規模の大きな曲が演奏されることの多い
ブクステフーデにとって、
こうした室内楽作品集は
貴重な一枚といえます。
収録されている曲は、
どれもが表情の変化に富んでいます。
5曲のソナタは、
すべてヴァイオリンと
ヴィオラ・ダ・ガンバ、
そして通奏低音(チェンバロ)による
トリオ・ソナタとなっています。
いくつかの部分に分かれていて
(明確な「楽章」ではない)、
その楽想やテンポが変化し、
楽しく聴き進めることができます。
パッサカリア、そしてシャコンヌは、
本来オルガンで
演奏されるもののようですが、
ここではチェンバロで演奏されています
(2台のチェンバロによる
演奏のようにも聞こえるのですが、
ジャケットには記載がありません)。
バッハ以前に、このような鍵盤楽曲が
すでに完成していたことに
驚かされます。
BuxWV76は声楽曲からの転用です。
他の曲とは異なり、
チェンバロが登場せず、
いくつかの弦楽器で
流れるような旋律が紡がれていきます。
チェンバロ奏者スキップ・センペと
カプリッチオ・ストラヴァガンテは、
古楽器団体らしい颯爽とした演奏を
聴かせてくれます。
ブクステフーデが拡大した
Abendmusikとは
異なるものなのでしょうが、
曲の配置が聴かせどころを押さえた
意図的なものとなっていて、
まさに「箱庭版Abendmusik」もしくは
「音盤によるAbendmusik」といった
趣となっているのです。
ブクステフーデという作曲家の、
新しい一面を発見したような思いです。
やはり、音盤は愉し、です。
〔ブクステフーデの音盤について〕
「Abendmusik」と題された音盤は、
ほかにもいくつか見当たります。
ウィルソンが指揮した
ムジカ・フィアタと
ラ・カペラ・ドゥカーレの演奏が、
本盤と同じ趣旨で
創られたと思われます。
また、声楽中心のものとしては
シェルソンの指揮する
エーテボリ・バロック・アーツ・
アンサンブル盤、
ムニエ指揮による
アンサンブル・マスク、
ヴォクス・ルミニスによる盤が
あります。
トリオ・ソナタ集としての音盤は、
アルカンジェロと
ソフィー・ジェントによる盤で、
作品1と2がリリースされています。
ブクステフーデの音楽を聴く楽しみが
広がりそうです。
(2023.6.10)
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