複雑なマクロを組み込んで創り上げた緻密なエクセル・シート
古楽レーベルのBOXものに
最も多く収録されている作曲家は
当然バッハです。
おかげでバッハの苦手な私も
少しずつバッハの音楽に
近づくことができてきました。
「DHM-BOX」第1集の中の1枚の本盤は、
ある意味、最もバッハらしい一曲が
収録されています。
「音楽の捧げ物」です。
BOX1 Disc4
バッハ「音楽の捧げ物」
J.S.バッハ:
音楽の捧げ物 BWV.1079
シギスヴァルト・クイケン(vn)
バルトルド・クイケン(Fl-tr)
ヴィーラント・クイケン(gamb)
ロベール・コーネン(cemb)
録音:1994年
何も考えずに、
バルトルドのフルートを中心とした
音楽の流れに身を浸すのが、
正しい聴き方の一つといえます。
しかしバッハの音楽には、
そうした聴き方を許さないような
一面があることも確かです。
同時代のヘンデルやテレマンが、
人を引きつけて魅了する
楽しいパワーポイント・スライドを
つくったとすれば、
バッハの音楽は、
複雑なマクロを組み込んで創り上げた
緻密なエクセル・シートのように
感じられます。
突出した技巧が感じられるのですが、
感覚的に「愉しい」音楽ではないのです。
それ故に「聴き方」が難しいのですが、
表面的な部分ではなく、
その奥にあるものを
読み取ろうとしたとき、
バッハの精密で堅牢な音楽構造の
一端が見えてくるかのようです。
さて、この曲の成立の経緯を見たとき、
またしても疑念が生じてきます。
1747年、大バッハは、
次男カール・フィリップ・エマヌエルの
仕えている王宮の主・
フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)に
呼び出されます。
急いで宮殿に駆けつけると、
彼は宮殿中のフォルテピアノを
試奏するよう命じられます。
大王自身が奏でた「王の主題」を、
3声のフーガに展開してみよという
無理難題を、
即興演奏の大家でもあった大バッハは
難なくこなします。
大王はさらに6声のフーガの即興演奏を
要求しました。
これにはさすがの大バッハも
お手上げとなり、
自身の拵えてあった主題についての
6声フーガを即興演奏し、
なんとかその場を切り抜けたという
逸話があるのです。
しかし大バッハ、それで終わりません。
大急ぎで「完成版」を
「音楽の捧げもの」として創り上げ、
大王に献呈したのです。
大バッハの真意はどこに?
そこに諸説があるようです。
真摯な気持ちで献呈したという
説もあれば、
恥をかかされた復讐のために
フルート・パートを思いきり難解にし、
フルートの名手であった大王に、
意趣返しをしたという説もあるのです。
確かにブックレットに掲載されている
バッハのしたためた献呈文は、
あまりにも丁寧すぎて
別の意図が隠されているようにも
感じられます
(訳文の関係かも知れないのですが)。
今となっては謎に満ちています。
もしバッハの真意が
「音楽的意趣返し」だったとすれば、
この曲のアイロニーな部分を
楽しむべきなのでしょう。
いや、「意趣返し説」から考えると、
この曲の本質は
「冗談音楽」と捉えることも可能です。
もっとも、この緻密な音楽を聴くかぎり
そうとは聴き取れないのですが。
本盤は、名盤中の名盤と言われている
クイケン兄弟&コーエンの録音です。
DHM-BOX第1集50枚中、
この盤だけは20年ほど前から
単発盤を所有していました。
何度となく聴いてきたのですが、
その良さがようやく
わかりかけてきたところです。
いやいや、よけいなことを考えずに、
バルトルドの笛を
存分に味わうべきなのでしょう。
やはり、音盤は愉し、です。
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(2022.12.17)
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