マンロウ「ゴシック期の音楽」

瑞々しいまでの生命感に溢れています

グレゴリオ聖歌からつながる、
音楽史の源流ともいえる
12世紀から14世紀末までの音楽を
集めたCDです。
単にこの時代の音楽史を
俯瞰しただけでなく、
演奏そのものが素晴らしい
貴重な記録です。
原曲の姿が忠実に再現されるとともに、
瑞々しいまでの生命感に溢れています。

ゴシック期の音楽
MUSIC OF THE GOTHIC ERA

Music of the Gothic Era

Ⅰ ノートル・ダム楽派
  (1160頃-1250)
レオニヌス(レオナン):
 地上のすべての国々は
 アレルヤ、われら過越の羊
 乙女マリア、喜び給え
 この所を
ペロティヌス(ペロタン):
 地上のすべての国々は
 かしらたちは集まりて

Ⅱ アルス・アンティクヮ
  (1250頃-1320)
作曲者不詳:
 アレルヤもてほめ歌え
 いま愛は嘆く
 誰かが私を見てるかどうか
 苦難の海で
 おまえさん達、口を開けば
 五月、バラの花が咲きほこり
 支配者なる主よ
 五月には、つぐみが歌い
 おお限りなくやさしき乙女マリアよ
 ホケトゥスⅠ-Ⅶ
ペトルス・デ・クルーチェ:
 ある人たちは習慣的に歌を創るが
アダン・ド・ラ・アル:
 私の感じる甘き苦悩は
 旦那の前で奥方様に
作曲者不詳:
 フォーヴェルの家の子郎党は

Ⅲ アルス・ノヴァ
  (1320頃-1400)
作曲者不詳:
 曇りなきグラスに
 キリストの家を思う熱心が
 あたかも奉仕が
フィリップ・ド・ヴィトリ:
 恥知らずにも歩きまわった
 ネブカデネザルの像のもと
ベルナール・ド・クリュニー:
 パンテオンは打ち壊され
作曲者不詳:
 カタカタコットン、ある朝ロバンは
アンリ・ジル・ド・ピジュー:
 髪もてるイダ
 ラケル子らを嘆く
作曲者不詳:
 丘の楡の木のそばを
 おおフィリップ
 フェーブスは地から昇り
ギョーム・ド・マショー:
 この苦しみ!どうして忘れられよう
 運命女神の約束に
 ダヴィデのホケトゥス
 光にして日なるキリストよ
作曲者不詳:
 巧妙な術策で世を渡る者の
 荒地の深い森へ
フィリップ・ロワイヤール:
 シャルル王、ジャンの息子

ロンドン古楽コンソート
デイヴィッド・マンロウ(指揮)
ジェームズ・ボーマン(C-T)
チャールズ・ブレット(C-T)
デイヴィッド・ジェームズ(C-T)
ロジャース・カヴィ=クランプ(T)
ポール・エリオット(T)
マーティン・ヒル(T)
ジョン・ニクソン(T)
ジョン・ポーター(T)
ジョフリー・ショウ(Bs)
録音:1975年

この時代の音楽を理解しやすいように、
本アルバムは
3つの部分に分かれています。
 1 ノートル・ダム学派
 2 アルス・アンティクヮ
 3 アルス・ノヴァ

本日の盤の音楽史上の位置づけ

グレゴリオ聖歌に
新しく別の声部を付け加え、
それと重ね合わせ、
複数のパートで歌う音楽を、
「オルガヌム」といいます。
このオルガヌムは、12世紀末ごろに
発展の頂点に達するのですが、
その絶頂期に活躍したのが
「ノートルダム楽派」といわれる
団体です。
その中心的な人物が以下の二人です。
 レオニヌス(1150頃-1201)
 ペロティヌス(生没年未詳)

本盤も両者の作品を収録しています。

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これらの音楽は、私などには
異世界の音楽のように聞こえてきます。
「音楽」に対する考え方が、今日とは
根本的なところで異なるのでしょう。
音楽学者の岡田暁生氏は、
著書「西洋音楽史」において、
レオニヌスやペロティヌスの
音楽の背後にあるものを
「神の国の秩序を音で模倣する」といった
意図ではなかったかと
推測していますが、
本盤を聴くと、それが納得できます。

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その後の中世音楽について、
13世紀後半から14世紀初頭を
「アルス・カンティクヮ」、
それ以降14世紀末までを
「アルス・ノヴァ」の時代といいます。
「アルス・カンティクヮ」とは「古い技法」、
「アルス・ノヴァ」は「新しい技法」の
意味ですが、そこで大きく
刷新が図られたわけではなく、
便宜上の呼び方と考えるべきでしょう。
この時代、
つまり中世後半の時代の中心は、
「オルガヌム」から派生した
「モテット」というジャンルです。

「モテット」とは、
グレゴリオ聖歌(この頃には
もう聖歌とはわからない音階へと
変化していた)を低音に置き、
2声の旋律をのせるという、
3声スタイルの音楽です。
さらに歌詞がラテン語ではなく
フランス語となり、
これによって音楽は
教会のものから民衆のものへ、
神に捧げるものから
人間の楽しむものへと、
変化を遂げたのです。
本盤を聴き通すと、
そのあたりの事情がよく理解できます。

アルス・カンティクヮの時代について、
本盤では以下の作曲家の作品を
取り上げています。
 ペトルス・デ・クルーチェ
  (生没年不詳)
 アダン・ド・ラ・アル(1240cー1300c)

また、
アルス・ノヴァの時代については、
本盤では以下の作曲家の作品を
取り上げています。
 フィリップ・ド・ヴィトリ
  (1291-1361)
 ベルナール・ド・クリュニー
  (生没年不詳)
 アンリ・ジル・ド・ピジュー
  (生没年不詳)
 ギョーム・ド・マショー
  (1300c-1377)
 フィリップ・ロワイヤール(不明)

この中で特に重要な人物は
ヴィトリとマショーの二人になります。
14世紀末は、
十字軍の度重なる失敗による
教会の権威の低下に加え、
ペストの大流行など
暗鬱な空気が覆っていた時代です。
その空気を吹き飛ばすような
生命力に満ちた音楽が
展開するのですが、それは
ルネサンスへとつながっていくのです。

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さて、この貴重な音盤を創り上げた
デイヴィッド・マンロウは、
イギリス生まれの古学研究家です。
本盤録音は1975年。
この当時は中世の音楽など
未知の世界であり、
「楽譜らしきもの」から手探りで
「音楽」を実体化していく
作業であったのです。
古楽の初期段階の演奏には
学究に走るあまりに無味乾燥なものが
少なからず見受けられる中、
マンロウは音楽の躍動感や表情、
楽しさといったものを
最大限に引き出した
希有な演奏家であり研究者なのです。
1976年、わずか33歳で夭逝した
マンロウにとって、本盤は最大の、
そして最後の研究成果となりました。

かなり以前から注目していた盤ですが、
実は最近ようやく入手できました。
正体不明な中世の音楽の姿を、
本盤を通じておぼろげながらも
捉えることができました。
やはり、音盤は愉し、です。

(2022.11.6)

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