研ぎ澄まされた刃のようなバッハ
かつてバッハの無伴奏の録音といえば、
老巨匠たちの専有物のような状況が
続いていました。
実演では度々演奏していながら、
レコーディングには慎重を期していた
若いヴァイオリニストが
多かったのではないでしょうか。
私たち聴き手の側にも、
バッハの無伴奏は、
「研鑽を重ね、経験を積み、
年齢を経て録音すべきもの」という
先入観があり、若手演奏家のCDを
避けていたような気がします。
本盤を聴けば、
それは間違いであることに
気づかされるはずです。
J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
&パルティータ全曲
J.S.バッハ:
ソナタ第1番ト短調BWV.1001
パルティータ第1番ロ短調BWV.1002
ソナタ第2番イ短調BWV.1003
パルティータ第2番ニ短調BWV.1004
ソナタ第3番ハ長調BWV.1005
パルティータ第3番ホ長調BWV.1006
アリーナ・イブラギモヴァ(vn)
録音:2009年
近年の演奏家たち(それも女性)は、
若い段階で相応以上の技術を身につけ、
新しい感性と解釈で
魅力的な演奏を発信し続けています。
アリーナ・イブラギモヴァは
その最右翼の一人だと感じます。
録音時なんと24歳。
発売時には私も上に記した
「先入観」を持っていたため、
スルーしていました。
しかしイブラギモヴァの
ベートーヴェンのソナタ、
メンデルスゾーンの協奏曲、
プロコフィエフのソナタと
聴き進むにつれ、
彼女の実力の凄さを思い知り、
2年ほど前、
本盤の購入を決めた次第です。
研ぎ澄まされた刃のようなバッハです。
イブラギモヴァは自らの演奏に
大バッハの偶像や自身の思い入れを
重ねようとは全くしていません。
ただただ楽譜から、
音楽を掬い上げて結晶化させたような
演奏です。
ウヰスキーのCMだったでしょうか、
「何も足さない、何も引かない」という
フレーズが、
そのまま当てはまるような演奏です。
バッハの無伴奏は「聖書」のような
音楽であることを思い知らされます。
※YouTubeには、彼女のBWV.1006の
演奏がアップされています。
イブラギモヴァのヴァイオリンの
音色の美しさも特筆ものです。
特にBWV.1001の最初の一音の衝撃は
たまりません。
これまで聴いた彼女の盤は、
すべて最初の一音から鮮烈で
みずみずしさが伝わってきましたが、
それは当盤も同じです。
基本的に
ノン・ヴィブラート奏法であるため、
レコード時代の巨匠たちの無伴奏に
慣れ親しんだ方、
そして前述の「先入観」をお持ちの方が
聴いた場合、違和感が
残るのではないかと思われます。
しかし、そうした「先入観」を捨て去り、
本演奏とじっくり対峙したとき、
それまで見えていなかった
バッハ無伴奏の骨太な構造が
見えてくのではないかと思うのです。
かつてシェリング盤、シゲティ盤、
クレーメル旧盤を愛聴し、
バッハの無伴奏は、
この3組があればいいと、
勝手に思い込んでいました。
しかしファウスト盤、
バートン・パイン盤、
ギル・シャハム盤と聴き進み、
バッハ無伴奏も現在進行形で
進化していることに気づきました。
最近では諏訪内晶子が満を持して
録音を発表しました
(私はまだ未聴であり、
早く聴いてみたいのですが)。
まだまだこれからも魅力ある演奏が
現れるはずです。
やはり、音盤は愉し、です。
(2022.7.24)
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